浅羽通明辻説法 ヤバい現在を語れっ!! 第2回 軍事思想史から観た「風立ちぬ」(宮崎駿監督)の近代 (雑談ありバージョン)

(講義時間:約3時間)

講義内容

旧月刊「CURCUS」誌の人気コラム「浅羽通明辻説法」ライヴ講義、第二弾は、宮崎駿監督の問題作「風立ちぬ」の徹底解読!!
兵器、戦闘機大好きで、素晴らしいバトルシーンで楽しませてくれた宮崎監督は憲法九条護持を訴える反戦の人。これは矛盾ではなく必然だった!
知られざる知の系譜、軍事思想史、特にイタリア人ドゥーエの戦略爆撃理論がわかれば、「風立ちぬ」は、「乏しき時代の詩人」(ハイデガー)ならぬ「爆撃機の時代の戦闘機者」の物語であるのが、見えてくる!松本零士の戦場マンガ、伊藤整の恋愛論などを補助線として駆使しながら、文明史的過渡期の物語としての「風立ちぬ」を露わにしてみせる。必聴の浅羽通明物語論ライヴ!!

○訂正
1:松本零士氏の成層圏気流のラストについて、講義では主人公が味方の船に特攻するとありますが、実際は、敵から攻撃を受ける味方機を見殺しにする形で核の輸送を阻止しています。訂正させていただきます。
2:講義でカール・レーヴィットが所属したのは、東京帝国大学とありますが、東北帝国大学の誤りです。訂正させていただきます。

○レジュメ:画面下のサンプルレジュメからダウンロードしてください。

○プロローグ(約8分)

○「軍事思想史から観た「風立ちぬ」(宮崎駿監督)の近代 (雑談ありバージョン)」講義録(前半)

浅羽通明です。ヤバい日本を語る、浅羽通明辻説法の第2回目ですけれども、この秋の話題、宮崎駿監督の新作、引退宣言をされてしまいましたから、長編では最後の作品になってしまうかもしれないですけども、ジブリの大ヒット作、「風立ちぬ」についてリクエストも多かったので、語らせていただきます。短い予告編のほうを見られた方は、その最後で私がいったことを覚えてらっしゃるかもしれませんけれども、「国を滅ぼしてしまったんだからな…」というセリフが、あの長編アニメのラストシーンにあります。語る人は、イタリア人の飛行機設計者で、航空会社のオーナーだった、カプローニ伯爵、モデルは、実在の人物です。このカプローニ拍車が、主人公の堀越二郎に、日本の飛行機設計者で、零戦、零式戦闘機を開発した天才的な設計者、堀越二郎ですけど、この人にいいます、もちろんフィクションです。お話の中でも夢の中の場面です。堀越二郎の夢の中で、カプロニ伯爵がでてきて、「君の10年、飛行機開発の一番盛り上がった10年間どうだった」聞くと、「充実していたけれども、最後はボロボロになってしまいました」と暗に日本の敗戦ということを堀越がいうわけですね。それに対して、カプロニ伯爵が、それに同情するように、「国を滅ぼしてしまったんだからな…」というふうにいうわけです。セリフとして、なるほどと聞き流してしまうところですけども、よく考えるとこれおかしくないですか。ちょっとよく考えてみるとわかんなくなってきませんか。どういうことかっていうと、日本が戦争に負けてボロボロになって、ある意味国が滅びてしまったっていうときに、滅ぼした責任のある人っていうのは、誰でしょうかね。戦争責任とか難しいこといわないで。普通に考えると、無謀な戦争をはじめてしまった政治家とか、軍人です。あいつらが、国を滅ぼしてしまった、これなら分かります。あるいは、実際に作戦を作った、立案した参謀たち。具体的に前線で戦った司令官たち。そういう人たちの作戦や戦闘指揮でも、あのとき、こうしてたらな、というのは、随分あります。だからそういう人たちが国を滅ぼしてしまったんだからなというのも分かります。
でもさ、この堀越二郎という人は、零戦を開発したエンジニアでしょ。彼の場合、期待されて軍からお金をもらって、依頼された。全然使えない戦闘機をつくっちゃった、おかげで日本はボロ負けしたっていうんなら、彼が国を滅ぼしたっていうふうにいえるかもしれない。でも、零戦はね、欠陥はあるにしても、欠陥とか問題点をいう人はあるけれども、世界に冠たるゼロファイターですよね。日本が誇る戦闘機です。だからこそ、堀内二郎の名前も残ったし、今回、宮崎監督もアニメの主人公に起用したわけです。だいぶフィクション化されているけれども。国が滅びてしまったんだからな、というならわかります。でもなんで彼が、国を滅ぼしてしまったんだからねって何で言われなきゃいけないの。よく考えるとわかんなくなりませんか。ちょっと最初に、この問題提起をしてみます。これに対して私が的確な答えを用意してるとはちょっと言えないかしれない。かえって珍説、奇説みたいなものに最後は行き着いちゃいます。でも、ちょっとそれも意味があるのかなと思うので、その線で、今回はお話をまとめてみました。いったついでですけど、やっぱりいろいろ準備しなきゃと思って、これはジブリが作ってる徳間書店から出してる絵コンテ集ですけど、資料として買いました。これ読んでみると、ものすごく面白いです。「風たちぬ」全編について、宮崎監督が最初に各画面、どういうふうに構想したか、あの人の素晴らしい絵で描いてあって、いちいち画面にコメントもあるんですね。絵コンテってのは、そういうものですけど。それを見ると、この場面はこうつもりだったのかとか、ここに出てきている飛行機は、こういうものなのかとか、関心がある人には、興味津々の内容です。これでね〜いろいろ、資料的に調べてみたら、びっくりしましてね。実は、絵コンテの中には、今の「国を滅ぼしてしまったんだからな」というセリフはないんです。これは演出の中で生まれてきて、完成されたアニメの中ではいってる、そういうセリフなんです。あとから付け加えられたセリフです。変わったセリフっていう一覧表があって、そういうのも、この本は、ちゃんとよく整ってます。ところがですね、「国を滅ぼしたんだからな、あれだね、君のゼロは…」というセリフを言っているのが、カストルプって書いてあるんですよ。カプローニ伯爵じゃないんですよ。この映画の、真ん中ぐらいで、堀越二郎が、軽井沢に避暑にいって、そこで一度あったことがる、奈穂子さんという女性と出会って恋愛がはじまる場面があります。その軽井沢で避暑している、ドイツ人らしいちょっと謎めいた外人が出てきます。その外国人が、カストルプっていうんですね。その人のセリフになってるんですね。私、これ見てびっくりしました。あれ、最後、夢のところで、カプローニ伯爵だけじゃなくて、カストルプ氏が出てきたったけ?と思って、わざわざもう一回見に行きました。そしたら、どう考えても、カプローニ伯爵しか出てこないし、カプローニのセリフなんですよね。なんでこういう間違いってのは、あったんでしょうね。そのあとで直ってんでしょうかね。ネットとかで炎上してないんでしょうかね。もう一回見させるっていうのは、ちょっとこれは汚いんじゃないかと勝手に、思ってしまったんですけど。この本も安くなかったですからね。また、なんだろうと思う人もいるかもしれませんから、ちょっと一言しておきます。
それでは、話に入っていきます。この風立ちぬについてはですね、すでに、いろいろな人がいろんなこを書かれています。当然のことですね。村上春樹さんが新作を書いたときと、宮崎駿さんが新作を発表したときっていうのは、日本文化界は総出で、ああだこうだということになってます。誰でも見に行ける。村上春樹も読みやすいから、誰でも読むことができる。でも、なんかよく分からない。どちらも。というとそっちの文化業界で、小遣い稼ぐ人たちの出番、仕事ができるということです。あの二人は、なんか殖産興業というか、景気刺激か何かのために仕事をされてるんじゃないか。文化業界ってそういうものなんです。いつの時代も。今回もですね、いろんな人がいろんなことを言っています。一つには、零戦設計者という、いわば戦闘機を作った、人殺しの道具を作った、戦争に協力した、そういう人を描いてる。で、宮崎駿という人は、反戦、憲法改正反対、原発反対、そういうことをインタビューされれば、必ず力説する人です。労働組合なんかにいたこともあります。そういう人が零戦設計者話を、アニメにした。で、観てみると反戦的なシーンや、セリフみたいなものというのは、基本的にありません。そうみれば、見れるというようなところがあるぐらいです。零戦設計者として、こんな仕事は嫌だっていうとか、あとで、戦争で大きな犠牲を出すことに協力してしまったと悩むとか、そんなことを期待した人は、完全に肩透かしを食らわされるわけですね。で、これでいいのか、なんていうふうな評もありました。それについては、そんなふうに、アニメを見るのは非常に貧しいよと、いう批判もいっぱい出てますので、私はあえて、付け加えません。で、そういう見方に対して、世にいう右から突っ込みをいれた言葉として、産経新聞で面白いものがありましたので、それはちょっと、引いてみましょう。そっちのほうにさらに突っ込みを入れる人っていうのは、あまりいないでしょうから、ちょっと皮肉を言ってみます。
「たまたま激動の昭和に生まれ合わせた、飛行機を何より愛する一人の日本人を描こうとしたんだ。そのころの日本人、戦時中の日本人というのは、それぞれの持ち場で精いっぱい戦ったんだ。結果として日本が負けてしまったし、その戦争は正しいものじゃなかったかもしれないけど、その場で、全力で生きた。全力で自分のできることをしようとした。その素晴らしさっていうのは、その尊さみたいなものは評価できる」っていうことを、産経抄で、産経新聞の天声人語でいってるわけです。で、これを見ましてね、産経新聞は、朝日やその辺が、戦争責任っていうことをいうのに対して、こういうことうを、いうだろうなと思ったと同時に、これに、ちょっと突っ込み入れたくなりました。例えばさ、戦時中だったらこうだけど、戦後だって、その時代の中で、飛行機を操るでもでもなんでもいいですけど、精いっぱい生きた日本人いっぱいいるわけですよね。で、戦後の、日本人だってそれぞれの持ち場で、精いっぱい自分の信じることで戦ったわけですよね。で、結果としてそれがうまくいかなかった人とか、今からみるとその方向は間違ってたっていう人も、戦後だっているわけですよ。例えば共産主義の実現のために戦った人、共産党の人とか、新左翼の人とか、連合赤軍の人とか、すごいまじめで必死に戦いましたよね。今ではその方向っていうは、学べるところが全くないとは言わないまでも、大方、間違ってたことになってる。産経新聞は特にそういう愚かさとか、そういう過ちみたいなことに対して、非常に厳しく批判してきた新聞ですよね。だったらね、例えば、戦後の左翼をたたえるような、アニメとか映画ができたとする。その際に、仮に産経新聞が、冷戦が終わった今、明らかに間違ってる、そういうものを称えてよいもんだろうかって批判したとする。それに対して、激動の戦後に生まれ合わせて、革命を何より愛する一人の日本人を描こうとした、どこが悪いんだって言われたらどうするんでしょうね。当時の日本人は、それぞれの持ち場で、日本社会をよくしようとして、精いっぱい戦ったんだって言われたら。同じ批判が、産経にもかえってきちゃうわけです。もちろん深読みの突っ込みだというのは、重々承知です。でも、新聞のレベルっていうのは、かなりクールなところでも、この程度のレベル以上にはいかない。そういう例として、ちょっと突っ込みを入れてみました。
で、こういう、いわば、政治とか戦争とか、そういうもの絡みで論じる人たちよりも、数段上、明らかにレベルが違うモノとしてですね、町山智浩という人、あるは、岡田斗司夫という人の論があります。「風立ちぬ」について町山氏が、ラジオの番組で語ったものです。それがネットで聞けます。それと岡田斗司夫氏のほうは、電子書籍で一冊書き下ろしてますね。それの大体のところは、毎日新聞の記者による結構長いロングインタビューで読めます。これもネットで読めます。レジュメのほうにURLを貼っておきました。(レジュメは、画面下のサンプルレジュメからダウンロードしてください。)で、この人たち、だいたい私と同世代で、どちらもオタク性が非常に強い、それをウリとしている、実際そちらの方面の実力っていうのも、十二分にある論客、書き手ですね。で、この人たちの場合ですね、やっぱり、オタはアニメを見慣れていますから、とことん読み込んだうえで、いろいろと論じています。で、町山氏なんかは、これはオタクを描いた映画だと、理想的な、非常に才能のあるオタクを描いた映画だといいます。現実の堀越二郎はどうだったかを別として、アニメの中に出てくる堀越二郎は、自分に興味のあることしか目に入りません。学校の友達とか、あるいは、会社の同僚とか、会議で出席している人たちとか、そういう人たちが何をいっても、自分に興味のないものは、ただ、わやわやわやとしか、聞こえない。聞いてすらない。確かにそういう場面があります。お前聞いてなかっただろと、上司に言われて、はいって、堂々という場面があります。で、ときどきふっと自分の空想の世界に完全に入っていってしまう。のんびり飛行機の未来を考えるときにも、関東大震災の阿鼻叫喚の中でも、ふっと自分の世界に平気で入っていっちゃう。そういうひとですね。
その夢の世界でさっきいった、イタリアの飛行機設計家、カプロニ伯爵と出会って会話したりするわけです。これは、まさにオタクである。自分の好きなことにしか興味なくて、自分の妄想、自分の夢の世界で生きてる。だからどこでもそういうところに入れる。で、他の人のいうことなんか聞いてないし、我が道を行くしかない。そういう世界を描いている。で、宮崎監督もそういう人なんだ。優れたアニメータなんてのは、みんなそういう人で、何を見てもアニメのネタにしか見えない。
堀越二郎の役をやっている、声優をやっている、庵野秀明。新世紀エヴァンゲリオンの監督ですね。この人もそういう人なんだ。だから、プロの声優に比べると、ど素人が声をやっているわけですけども、実に合ってる。それは、まさに庵野さんもそういう人だから。
そういうことを言ってますね。確かになるほどと思います。しかしですね、基本的にそう間違ってはいないと思いますけども、ちょっとオタクのほうに引き寄せすぎてるかなという気がしないでもないです。
町山氏も、オタクのスーパーエリートです。私なんかもそっちのほうです。どっかの週刊誌でも、オタク評論家って書かれたこともあります。だから、それはわかるんですけど、それでは、オタク讃歌になります。宮崎監督が、我々オタクを、ヒーロー化して描いてくれた、そういうふうに見てるってことになりますね。
そういう見方は、不可能じゃないけど、それは、やっぱり行き過ぎじゃないかな。オタクは一生懸命努力して、本当に頑張れば、町山智浩さんぐらいにはなれますけども、零戦設計者になれるのかな。宮崎駿さんも、オタクってだけじゃないでしょう。と思うんですけどね。宮崎さんは、今度の「風立ちぬ」をみて、泣いたっていうふうに自分でちゃんと言ってます。自作をみて泣いたのは初めてだというふうに言ってます。で、町山さんは、それは、やっぱり、自分自身の姿を、完全に、映像化できた、そこで泣いたんだっていってます。でも、これは違うかもしれませんよ。町山さんは、アメリカに住んでる方で、日本での資料をほとんどみないで、これだけ語ってるわけですから、ここを突っ込むのは意地悪ですけど、資料があるので、ちょっといいます。
レジュメのほうで書きました、半藤一利さんとの対談ですね。その中で、私はあれをみて、自作をみてはじめて泣いたとある。どこで泣いたかっていうとですね、日本の技術者である堀越二郎、そして、ライバルで親友ってことになっている、本庄って設計者二人が、ドイツに技術視察に行く場面があります。当時、世界第一の飛行機メーカーの一つであった、ユンかース社ですね。ユンカース社に見学に行きます。ところがドイツは、イエローモンキーどもが見に来た、あいつらは、すぐ人まねをして、我々の技術を盗むってことで警戒バリバリなんですね。それで、すごいピリピリしている。で、技術を見せてくれない。で、やっと、ユンカース博士が、まあ、いいだろうということで、飛行機の中とか、ようやく見せてもらえる。そういうある意味、非常に屈辱的な、場面があります。ここで泣いたっていうふうに宮崎さん言ってますね。
宮崎さんは戦前を知ってるわけでも、ないですけれども、今の我々よりは日本が貧乏だった時代、世界の弱小国だった時代というのを知っています。で、戦前は懸命に軍事大国化しましたけれども、それでも欧米から見るとはるかに遅れていた。遅れていたからこそ、軍事強国化ということで、頑張らざるを得なかったということがありますね。これは日本という国が、世界文明の中で置かれた位置の憐れです。そこで泣いたらしいんですよね。
だから、別に、オタク像が理想化されたから泣いたんじゃないんじゃないでしょうか。町山さんが、たまたまこの資料知らなかっただけだと思いますけれども、一応これも事実は事実らしいので、訂正しときます。
さらにですね、最初のころ、少年時代の描写でね、堀越二郎少年は、下級生がいじめっ子にいじめられてるときに、飛び込んでって喧嘩して、やめさせてるんですよね。オタクってのは、あんまりそういうのやんないんじゃないですかね。
ほんとうに自分の興味あることだけやってたら、いじめる側にも加担しないと思うけど、いじめられる側を助けることもしないんじゃないですかね。という、ちょっとまた、細かい突っ込みをしておきます。
次にですね、岡田斗司夫さんのかなり分量のある、風立ちぬ論ですけど、これも読みごたえがあります。いろんな意味で非常に面白かったです。で、岡田さんもまた、デテールまで、アニメのデテールまでほんとによく見て解釈し、読み込んでます。
で、町山さんと同じようなとこと言ってます。自分の世界に入っちゃって、それ以外のものが見えない人。だから、非常に他人に対して冷淡で、場合によっちゃ冷酷である人。確かに妹さんに薄情ものっていうふうに2回ぐらい言われてますね。別に妹さんだから、遠慮ないこといってるってだけじゃなくて、本当に普通の人から見たら、付き合いの悪い奴ってことになるでしょう。そういうところをちゃんと描いてるといいます。
で、女性の目は気にするところがあって、機械とか、自分の好きなものと、女性の目線だけが彼の視野の中には、入ってくる。そういうところが描かれてる。こういう指摘も、岡田さんはさすが鋭いと思います。
この「風立ちぬ」は、飛行機設計者、堀越二郎の、お話なんですけれども、なぜか、「風立ちぬ」という小説を書いた、堀辰雄の世界というのをミックスして、かなり強引につなげてます。
で、そのミックスがどれほどうまくいってるか、っていうところで、なんとも言えないところが、ありますね。そこで、なんだ、これはと思った人もいるんじゃないかと思います。
で、そのへんの解釈、ラブストーリーの解釈っていうのが、今回の岡田さんの分析では、白眉ですね。ハイライトですね。かなり見事に分析してあって、結構私としては、なるほどと思いました。
で、その分析のメインのところではなくて、横っちょのところで、私がこういうところも、ちゃんと見るんだな、さすがだなと思ったところについて述べます。
さっき軽井沢とちょっといいましたけれども、予告編のほうでいったのかな…、この堀越二郎エンジニアは、飛行機を設計して、新しい軍用機を開発しようとするが、何度か挫折するわけです。その大きな挫折のあと、ゆっくり気分を休めようとして、軽井沢にいく。
その軽井沢で一人の女性と出会う。その女性とは、以前関東大震災の混乱の中で、会ったことが一度あるといういう、定番のロマンチックストーリーです。
その相手っていうのは、堀辰雄の「風立ちぬ」ではなくて、「奈穂子」という作品にでてくる、里見奈穂子という人を、原型にしてます。
でも、エピソードの中には、「風立ちぬ」のエピソードも結構入ってますから、要するに堀辰雄の小説に出てくるヒロイン像みたいな女の子が、相手なわけです。
これは軽井沢が似合うお嬢様です。お金もちのお嬢様で、当時としては、もっとも西洋的な教養を身に着けた、女性ですね。でも結核です。
しかしですね、もう一人女性が出てくる。関東大震災のときに、偶然出会ったこのお嬢様を、当時、東京帝国大学の工学部の学生だったらしい堀越青年は、助けるんですが、助けたときに、このお嬢様、奈穂子さんだけがいるんじゃないんですね、奈穂子さん付きの女中である、お絹っていう女中がいるんです。この二人を助けるんです。
お嬢さんは、一応怪我一つない。でも、列車が脱線転覆した事故で、お絹さんのほうは、足を骨折してしまっている。だから、どっちかというとお絹さんを助けるんですよ。それで、技術者のいわば三種の神器だかなんだか知りません、七つ道具だかどうかしりませんけど、計算尺を出して、折れた足を縛りつっかえ棒にする。
で、それで背負って、上野のまだ焼けてない家まで、背負っていってあげる、そういうエピソードが描かれたんです。だから、この場合、お嬢さんよりも、お絹さんのほうが、むしろ堀越青年と近いんではないか。しかも、名乗らなかった堀越青年を、後日なんとか訪ねあてて、深川かどっかにあったらしい東大の航空研究所に、その計算尺と手紙を、このお絹さんが、届けにくる場面があるんです。で、結局行き違いで会えなくてってことになるんですけど、堀越青年は一生懸命、お絹さんを探して、追っかけようとする。でも、遅かった、そういう場面があるんです。あとのメインのラブストーリーは、お嬢様の奈穂子さんと展開していきますんで、この場面ていうのは意外に忘れがちです。
私もあんまり重視していなかった。実際全体の中で別に、重視すべき場面じゃないのかもしれないけど、岡田氏はここの部分についても、ちゃんと読み解こうとしています。
これは、私としては教えられたなという気がしましたね。岡田さんが言うことにも、私もオタですから、細かいところでは、これは違うんじゃないかとか、ここは別の読み方できるんじゃないかといったところがあります。実をいうと。
でも、そのへんで、ごちゃごちゃやり続けてもしょうがないんで、次の話をしたいと思います。町山さんと岡田さんの「風立ちぬ」についての批評というのは、私は異論も、もちろんあるけれども、皆さんには推奨しときます。
それでですね、この人たちは、いろんな方面について、すごい、知識がある人ですから、知ってるかもしれないなと思いながら、私が見た限りでは言っていないお話に入っていこうと思います。
それはですね、予告編の最後のところでちらっといいましたが、この「風立ちぬ」という物語は、爆撃機と戦闘機、戦闘機対爆撃機のお話ではないか、というふうな、そういう見方です。
大きく言えば、珍説、奇説だろうと自分で先にいっちゃいますけども、でも、面白い珍説、奇説ってのもあるんじゃないのと思いますし、私らの仕事っていうのは、そういうのを皆さんに楽しんでもらうことではないかと思うんで、その話をしたいと思うんです。
どういうことかって言いますとですね、まずこのアニメの冒頭でですね、日本の田舎の田園地帯の中に、少年堀越二郎は住んでいます。まあ、田舎ですけれども、周りに垣根があるような立派な家で、田舎では名家の地主さんかもしれません。
それで、堀越少年は、旧制中学に通っている。小学校高学年ぐらいです。それで彼は、夢を見ます。うたた寝をして夢を見て、夢の中で飛行機に乗って、空を自由に飛び回ります。その飛行機は、いかにも少年が見る、子供の見る夢の中の飛行機っていう感じで、鳥みたいな羽がついています。
その飛行機で自由に空を飛び回る。宮崎駿アニメの定番ですね。なんですけど、最後ですね、あの、落っこちてしまう。
で、どうして落っこちるかっていうと、自由に飛んでいると、雲の上に何か巨大なものが飛行している。
それは、雲がちょっとはれてみると、巨大な飛行船です。しかも何かヒレみたいなものが、触覚みたいなものがちょこちょこ生えている、いわば化け物じみた飛行船ですね。その飛行船の下に無数の爆弾がぶら下げられてるのか、下で一緒に飛んでるのかわかりませんが、無数の爆弾が、黒い爆弾があります。
彼の夢の中の世界で、近づいていくと、爆弾に顔がついていたりする。生きている虫か、おたまじゃくしみたいな、そんな爆弾が、うようようようよ飛行船の下で一緒に飛んでるんです。「うわーなんじゃあ」と思うと、爆弾の一つと接触しまして、夢の中の鳥みたいな堀越少年の飛行機は見事に爆砕されてしまって落下していく。そして夢から覚める。
これが、最初なんですね。堀越少年は飛行機が好きで、飛行機に憧れている、空を飛びたいと思っている。しかし、爆弾によってその夢が中断される。こっから始まるんです。
この場合、爆弾を引き連れているのは飛行船です。で、これはツェッペリン飛行船です。ツェッペリン飛行船っていうのは、20世紀の初めから第一次世界大戦の頃までに、ドイツが開発した、ツェッペリン伯爵という人が設計指導して開発した、当時最精鋭の飛行船です。気球っていうのは布とかそういうものですけど、ツェッペリン飛行船は周りを金属にしています。
そういう風な飛行船なんですけど、この飛行船はですね、ある種まがまがしい記憶とともに残っています。どうしてかって言いますと、第一次世界大戦で各国は初めて航空機を兵器として使い始めるわけです。
原始的ですけど、空爆も早くも始まっています。飛行機はですね、当時の飛行機はまだライト兄弟から10年ちょっとで、多くの爆弾を積んだりできません。手りゅう弾をね、いっぱい積んで手で投げてたって。漫画みたいな話ですけど、ほんとなんですよ。写真まで残ってる。
しかし、多くの爆弾を搭載してバンバン落とす。そっちの方がもちろん戦争をやる方にしたらやりたいに決まってる。
それを最初にやったのが、ツェッペリン飛行船なんです。飛行船だったら、当時だったら並の飛行機よりは、かなり多くのものが積めましたから。で、ツェッペリン飛行船はロンドンとかパリとかにドイツから飛んで行って、爆弾を落とした。最初の都市空爆ですね。ただし、今から見ればかわいいものです。ある追悼集会やってるところに、もろに落ちて随分死んだっていうのが、最大の被害っていうくらいの、その程度のものでした。
でも、やっぱりそれまでなかったから怖がったらしいですよ。当時の、ブレーズ・サンドラルズの詩の中に、「オリオン座の中からツェッペリンがやってくる」っていう詩があります。かっこいいですね。フランスから見ると、パリから見ると、あの、ドイツは東ですからね。冬だったら東からオリオン座が上がります。
そっちの方から、ガーッと飛んできて爆弾降らすわけですよ。しかしですね、空爆といえば飛行船ツェッペリンっていう時代はすぐ終わります。なんで終わるかっていうと、敵は逆に迎撃します。高射砲なんていうのはまだ原始的ですけど、飛行機を飛ばして機関銃で撃って迎撃する、爆撃されないようにする。そういう時、飛行船ほど狙い打ちしやすいものはないんです。でかいですからね。
しかもですね、当時は、飛行船は、弾が当たればあの巨体が全部一気に燃え上がって、乗員もほとんど絶望的といった感じで落っこちます。ざまあみろって感じです。
なんでかって言うと、中に何いれて浮いてるかっていうと、水素ですよ。水素は酸素や窒素よりも軽い気体ですから浮きます。
フランス革命の前あたりに、空気を熱して飛ばす気球っていうのが、開発されて、最初にモンゴルフィエ兄弟が空を飛ぶ。
で、19世紀の頃には、水素を大量に発生させることができるようになって、水素気球、水素飛行船っていうのができるんです。水素っていうのは、火がつけば酸素と化学反応を起こして、H2Oになるわけですから危なくてしょうがないんです。だから、飛行船による空爆っていうのはじきに廃れます。
で、今の気球は危なくないのかっていうと、危なくないです。あれはヘリウムっていうのが入ってまして、ヘリウムは、これは希ガスっていいまして、一番化学反応をしにくいものです。
ヘリウムを燃やそうっていう方が難しいです。だから安全。当時ヘリウムはなかったのか。これ滅多にないんですよ。今は抽出法ができてますけど、当時はアメリカの、ヘリウムが採れる鉱山があって、そこでしか手に入らなかった。そういうわけで、このツェッペリンの時代は終わります。
一番最初のところで、このツェッペリンが出てくる。そのツェッペリン、爆弾を引き連れたツェッペリンがまだ子供ですけれども、堀越さんの敵として現れる。
兵器、飛行機、空というものに対して、とてつもない蓄積がある宮崎さんのことを思えば、これは意味深なんじゃないでしょうかね。
次にですね、私がおやっと思ったのはですね、もう一つの堀越少年の少年時代の夢です。第二の夢ですね。
そん時に、夢の中の草原で、初めて少年はカプローニ伯爵と出会います。カプローニ伯爵っていう人を、少年はもう知ってたんですね。学校の先生から、いかにも飛行機マニアかなにかの先生から、本を借りる、英語の本です。でも辞書をひいて読みますと言って、一生懸命頑張ります。子供の時から大秀才なんですね。また、興味のあるものだから一生懸命読もうとしたんでしょう。
その本の中に、世界の代表的な飛行機設計者として、カプローニ伯爵、イタリアのカプローニ伯爵がいた。それを読んで憧れるわけです。ぴんと髭をはやした、いかにも当時のヨーロッパの貴族。それが夢に出てきた。
で、夢の中で、飛行機の編隊、相当な数の飛行機が地平線の方にワーッと飛んでいく。カプローニ伯爵は、その一つに乗ってるわけです。で、下にあの堀越少年がいるのを見て、「おお日本の少年」って話しかけてくる。で、少年も、「あ、カプローニさん」ということで、憧れの目で近づいてお話をする。最初イタリア語でしゃべってるんだけど、いつの間にか日本語で話している。夢の中ですから話が通じるっていう話になってます。
そこでですね、二人は、ワーッと地平線の方に行く、飛行機の大編隊っていうのを見送るわけです。その大編隊はカプローニ伯爵が設計して、彼の会社、カプローニ社で大量生産した爆撃機です。
その爆撃機を見送りながら、あの、カプローニ伯爵が言います。「あの半分も帰ってはこまい」と。「敵の町を焼きに行くのだ」と言うわけです。で、一瞬その地平線のあたりで、いかにもヨーロッパの石造りの町が炎上している。赤い炎を上げて炎上している情景がちらっと映ります。
で、そこで少年はどういう顔をするかっていうことですけど、この辺はみなさん、人によって解釈は違うかもしれない。でも、さっきの、あの絵コンテ集で宮崎さん自身がコンテにつけてる演出コメント、その辺っていうのを見る限りですね、少年はまず「素晴らしいすごい飛行機だ」っていう憧れがある。で「カプローニ伯爵ってすごい人だ」っていう憧れがある。でも「爆弾いっぱい積んでるんだなあ」「町を爆撃に行くのかあ」っていう形で、「なんだろう」っていう感じのちょっと唖然とした、どう反応していいかわかんないで、顔がこわばる、そういう反応をしているわけです。
で、ここも結構重要なところなんですね。どうしてかっていうと、確かに飛行機に憧れてる。その飛行機の中には爆撃機も含まれるし、リスペクトの対象としてカプローニ伯爵も第一に挙げられる。でも爆撃を肯定しているとも思えない。でも反戦とかそういうことでもない。「ちょっとこれは引くな」っていう感じの表情ですね。私はそんな風に見ました。
ここでです。「あー、これはひょっとしたら」っていう風にちょっと勝手に、宮崎監督の妄想、堀越少年の妄想に加えて私自身の妄想が、走り出しちゃった。考え始めちゃった。
どういうことかっていうと、それがこのレジュメに書いたですね、イタリアのドーウェという軍人のことです。
ドーウェはもちろん「風立ちぬ」の中には全く出てきません。宮崎駿さんがドーウェを知らないってことはないと思います。さっきもちょっと言いました半藤一利さんとの対談ですね、それは文芸春秋に載ったんですけれども、その対談がこの「腰抜け愛国談義」という文春ジブリ文庫っていうところから出ている本に全文掲載されています。
で、これは話題がポンポン飛んだりして、非常にいろんなところに及ぶんですけど、かなりおもしろいですね。
この「風立ちぬ」の解釈に役に立つ、参考になるような発言みたいなものもいっぱいあります。で、その中で、カプローニ伯爵のモデルですね、モデルになった実在のカプローニ伯爵についてもいろいろ宮崎さんは語ってます。
でもドゥーエは出てきませんね。このドゥーエっていうのは、このカプローニ伯爵と関係があります。えっと、さっきの「敵の町を焼きに行く」っていうのは第一次世界大戦の話でしょう。世界最初の空爆っていうのは、どこで行われたのか。さっきのツェッペリンなんてのはかなり早いですけれども、もっと早い例があります。本を読むと、調べると、1911年、一次大戦よりもっと前にイタリアがトルコと戦争をしたことがあるんです。オスマントルコですね。リビアの支配権をめぐって。中東ってのはだいたいオスマントルコです。それでリビアで小競り合いをおこした。その時に、イタリアは飛行機を飛ばして、トリポリを空爆してます。
でも、たいしたことはなくて、前に言ったように手榴弾をつかんでバンバン落としたり、そういう漫画的なあれですけど、そこから始まるんです。
だからイタリアはですね、その程度のものであれ、実は空爆としては大先進国、先駆的な国だったわけですね。
で、一次大戦の間はですね、このカプロニ社の爆撃機が、敵の街に爆撃に行きました。この場合の敵の街っていうのは、オスマントルコじゃなくて、オーストリーハンガリー帝国です。当時、一次大戦で敵になった国っていうのは、枢軸国っていうのは、ドイツとオーストリーハンガリーとオスマントルコです。で、カプロニ社の爆撃機は、主にオーストリーハンガリー帝国の都市を爆撃に行きました。トリエステとかだったでしょうね。
で、そんなに大きな被害は出てないみたいです。効果もそんななかったみたいです。でも、本格的な空爆が始まった。で、このカプロニ社っていうのは、民間の飛行機会社なんですけれども、軍需産業、軍部に協力する国策企業的性格があります。だから、軍人さんがちゃんと監督に来るんですね。
飛行機開発頑張ってくださいねと、どの程度できたんですかと、監督にくる。その監督で来た人が、このときジュリオ・ドゥーエという人でした。このときは、階級正確に調べてませんけど、少佐だったんじゃないかなと思います。
このドゥーエっていう人は、実はかなり重要な、一般にはあまり知られていませんけれども、こういう話をするときには、重要な人なんです。
どういう人かっていいますとね、レジュメのほうの最後になる読書ガイドの最初に、「ドゥーエ」という本を紹介しておきました。戦略論体系というシリーズ、全集の第6巻です。これは非常に珍しい本でして、特に戦後においてこういうシリーズがでるまで、戦後60年ぐらいかかってる。
戦略論、戦争についての理論というようなものは、それなりの歴史があって、実は思想史とか、国際関係史、世界史、そういうものを考えるときにおいては、こういう歴史っていうのもちゃんとおさえないと、いけないもんなんですけども、戦後においてそっちのほうっていうのは、紹介したり、研究したりするだけで、お前軍国主義だと言われたりするんで、遠ざけられてきました。
だから、このシリーズにのってる古典なんてのは、ある意味岩波文庫に入っていてもおかしくないけど、岩波文庫に入ってるのもありますよ、孫子、クラウゼヴィッツ、でもそれ以降はあんまりないですね。遠ざけられています。
戦前はこういう本いっぱい出てるかというと、戦後よりは出てます。でも、戦前もね、あんまり日本のインテリたちは、こちらの分野っていうのに、近づきませんでした。なんでかっていうと、軍人たちが独占してたんです。海軍大学、陸軍大学とか、士官学校の先生たちで、ちゃんとドイツ語やいろんな文献読み込んで研究してきた人がいっぱいいたんです。いっぱいいたとうか、それなりにいたんです。でも、民間人には、そういうものは出さない。自分たちの独占すべきものなんだ、軍事機密のうちなんだ、ということになってます。だから、東大にも京大にも、軍事学科っていうのはないわけです。
軍事学科とかなくても、思想史研究とか、歴史研究のなかでも、戦史研究とか、そういうのっていうのは、日本のアカデミズムの中にないんですね。趣味や片手間でやってた人はいるかもしれない。
だから、こういうのが、まとまって出たっていうのは、かなりすごいことで、実際編集したり、翻訳とかしてる人たちっていうのも、なかなかの人たちだと私は思います。専門の人たちは、また別の意見あるかもしれないけども。
失敗の本質って本がありまして、これは非常に売れた本で、中公文庫に入ってますけど、名著ですね。これは第二次世界大戦、太平洋戦争とか、大東亜戦争とか呼ばれる戦争で、日本が何で負けたのか、どこで大きな失敗をしたのか、まあ、さまざま、無数にあるわけですけど、その中の六つの、特に大きな失敗っていうのを取り上げています。そして、この人が、ここで優柔不断だったとか、この段階で十分な計画を立てなかったとか、チャンスっていうところでなぜか、動かなかったとか、こういうことをいちいち研究しています。日本の組織、まあ当時の陸海軍ですが、どこに問題があったから、こういう失敗を続けて犯したのかっていうのを分析した、経営学者とか、そっちのほうの人達が、チームを組んで総力で、書き上げたもんです。
単行本も売れましたし、今の中公文庫もベストセラーですね。こないだの、原発事故、あのときにも見直されました。だから、軍隊の失敗っていうのは、官僚機構の失敗、大企業の失敗、全部組織の問題として適用できるわけです。
で、そのスタッフですね、この戦略論体系の編集とか翻訳とかに結構携わっています。防衛庁の中の研究のほうを担当する官僚だったり、防衛大学の先生だったり、そういう人たちです。これの第1巻が孫子。孫子の兵法っていうのは、今でも、軍事学の基本の基本として有効です。
で、次、クラウゼヴィッツ。これは西洋の近代史の中で、軍事学を最初に大成した人ですね。今でも、体系としては、クラウゼヴィッツを超えるものは、ないというふうに、昔自衛隊の人から聞いたことがあります。
この二人の間に、マキャベリという人がいるわけですけど、マキャベリの巻は、なぜか第2期にまわされています。孫子、クラウゼヴィッツ、このへんは岩波文庫にもさすがに入っています。孫子はチャイナの古典で、日本でも、論語とか老子とかといっしょに昔から読まれてきたから、岩波文庫に入っておかしくないけど、クラウゼヴィッツよく入ったな…。
実はですね、クラウゼヴィッツってのはですね、ナポレオンと戦った、プロイセンの軍人、将軍、参謀なんですけども、それ以降ですね、いろんな人に影響を与えています。影響を受けた人の中に例えば、フリードリヒ・エンゲルスなんて人がいます。マルクスの右腕ですね。で、あるいは、ロシア革命のレーニンなんかも、クラウゼヴィッツは、読み込んでいたというふうに言われます。そういうふうに、マルクスとかレーニンと関わりがあると、昔の岩波文庫っていうのは、何でも入れたんです。カントなんかを訳しているドイツ哲学の人が訳しています。だから、読みにくいんだよね、これね。
次はモルトケ、これはやっぱり、プロイセン、ドイツの軍人で、プロイセン、フランス戦争、普仏戦争ですね。普仏線戦争で、ナポレオン三世をボロクソに負けさせた、ボロボロにさした、その将軍の一人です。この人も陸軍理論の人としてこっちにのってる。
この人の愛弟子のメッケルという人がいまして、この人は明治のはじめに、日本でお雇い外人として雇われて、日本の陸軍を建設するのに大きな力があった人です。だから、日本の陸軍は、帝国陸軍は、モルトケの弟子が作ったという側面があります。
次に4巻がリデル・ハート。これは20世紀の半ばぐらいに活躍した軍事理論思想家でイギリスの人です。この人は戦争だけを考えるんじゃなくて、戦争を理論づけるには、その背後の、外交とか経済関係とかそういうのを総合的に考えなきゃ、特に現代の総力戦は考えられない。それを総力的に考えると、どうすれば戦争を起こさないようにするのかとか、あるいは、どうすれば戦争を早めに終わらせることができるのか、ってなこともいろいろと答えが出せる。これを間接的アプローチっていうんですけど、そういうのを理論を立てたのが、このリデル・ハートです。イギリス軍のなかで、この人の指令する軍隊とか、あんまり強くなかったみたいなんですけどね。
次に第5巻が、マハンって人です。これはアメリカの人ですね。これも20世紀はじめの人です。今までの孫子、クラウゼヴィッツ、モルトケ、リデル・ハートは基本的に、陸軍のほう中心ですけど、海軍理論を最初に打ち立てたのは、マハンっていう人です。シーパワーとか、シーレーン、制海権なんて言葉を聞いたことがある人いるかもしれませんけ。
その辺は今だったらチャイナ、アメリカ、あるいは、フィリピン、ベトナムとかが、東シナ海、南シナ海の制海権というのを争ってるなんていいますけど、制海権という概念を打ち立てたのが、マハンって人です。
坂の上の雲の中にで、秋山真之がアメリカに留学したときに、マハンの意見を聞きにいく場面があります。史実でしょう。マハン自身は、日本人とか黄色人種嫌いだったって話もありますけど。
で、ドゥーエがあって、第一期の最後が、毛沢東です。毛沢東は今の中華人民共和国を作った革命家、思想家ですけれども、軍事理論のほうでも大きな貢献をしています。ゲリラ戦争、革命戦争で、自分たちが、反体制の側で弱かったからといって、負けるとは限らない。弱いゆえの戦い方がある。弱いゆえに軍人でない一般大衆を引き連れて、当時だったら、日本軍とか、国民党の蒋介石とかの軍を逆包囲して、勝っていくと。そういう勝ち方というのはあるんだと。弁証法的な戦いなんて言われますけど、私は、この毛沢東の戦いはもっと古い、孫子はもちろんのこと、老子とか、そのへんの老荘の生命哲学みたいなのが感じられる、勢いの哲学みたいなものが感じられますけど、毛沢東は軍事思想の中でも、大きい人です。
逆にいいますとね、昔はもてはやされたけど、この人の革命理論とか社会主義の理論とかいうのは、今、どう見ても古くなって、文化大革命の犠牲がつい思い浮かんでしまいます。この人が歴史に残るのは、ひょっとしたら、孫子以来のチャイナの軍事思想家としてではないかと、ふっと思ったりします。
そういうふうな体系で、第2期までやっています。日本の石原莞爾とかも第2期ではのっています。第2期では私なんかもほとんど知らない、マイナーな人が入ってきますけど、第1期の人達は、さすがに私も名前ぐらいは、知っていた。でも、こん中で、私として、この人「だあれ」とリストを見て思ったのは、ドゥーエなんです。
このドゥーエは、イタリア人ですね。マキャベリの昔ならともかく、イタリア人が実戦とかのほうではなく、思想とかのほうとはいえ、軍事とかそっちのほうに貢献するってあるの?っていうと、すごい失礼かもしれませんけれども。まあ、そう思っちゃって。ヘタリアっていうぐらいでしょ、あの国は。弱そうですよね。それについては、ギャグがいろいろありましてね。テレビでトンデモ番組ってのがあって、ナチが開発したUFOの基地がどうこうとかやるでしょ。嘘に決まってるけど。
これは本当にそういう人がいたわけじゃなくて、ギャグ漫画の話ですけど、矢追純一みたいな人が出てきて、「いや〜、ナチだけではないんだよ、ムッソリーニのイタリアもUFOを開発していたんだ」というと、それに対して「すごく弱そうですね、それ」とアナウンサーが突っ込みをいれるシーンがあって、笑ったことがありますけども。
他にも、もう一ついうとね、ユーチューブとかでね、なんとかが倒せないっていう替え歌のシリーズがある。ロックマンっていうゲームにエアーマンというボスがいるらしいんですが、それにちなんだ、「エアーマンが倒せない」っていう歌がありまうす。この歌をいろいろアニメネタにしたり、なんにしたりしての、二次創作が、ユーチューブとかニコ動とかではやったことがあった。その中で、ヒトラー編っていうのがある。これはスターリンソ連が倒せないみたいな歌詞で、日本だと、アメリカ艦隊が倒せないとかもあるんですよ。
それをずっと見ていったらね、どこの国も倒せないっていうのがあってね、これがムッソリーニイタリア編なんですよね。こういうのに対して、イタリア大使館何も言わないのかなと思うんだけど。そういうの、ひょっとしたら、あそこの国は自分たちで楽しんじゃうぞってところが、実は凄いんじゃないかと、思わなくもないんだけど。
そんな国から軍事思想史に残るドゥーエという人が、ジュリオ・ドゥーエという人が出てるんです。この人はですね、技術将校で、オートバイ部隊とかを指揮したことが、20世紀のはじめにあるんだけど、彼自身は別に飛行機に乗ってません。飛行機の専門家だったわけではないんですよ。
でも、当時、ようやく軍事的に使用されはじめた飛行機について、一瞬ですごい洞察をしちゃったんです。それで「制空」って本を書いたんですね。2冊ぐらいそういう理論書がその人にあるんですけど。どういうことをいったかというと、この本のタイトルの通り、「制空権」って概念を打ち立てた。その基本になっている、戦略爆撃っていう、軍事思想を提示したんです。これは、その当時、世界にとって初めてですね。じきにおっかける人が出てきます。アメリカでウィリアム・ミッチェルって人が、アメリカ版、ドゥーエみたいな感じで、おっかけてきます。でも、最初はこのドゥーエですね。で、この制空とか戦略爆撃っていうのは、どういうことかっていうふうにいいますと、細かいことはいろいろあるんですけど、突っ込んでいくとキリないですし、私も専門ではないので…。
こっちは専門じゃないですよ。基本の基本が私分かってないってことが、教えられまして、すごい勉強になるといいますか、ABCも実はわかってないです。どういうことがわかってないかっていうと、B-29とかB-17とかいうね。B-29ってのは、日本人は、民族の恥辱として、わすれてはならない名前でして、広島、長崎もそうだし、東京大空襲もそう。太平洋戦争、大東亜戦争の末期に、日本の各都市を火の海にした、膨大な日本の、民間、人民を殺した爆撃機のB-29ですね。日本の零戦も、彼らがとんでるところまで届かなかった。高射砲も、もちろん届かなかった。これはまさに制空権を握られたってことです。
B-29のBってのはなんなのかというと、ボーイングだと思っていたんですけど…私は。ボーイング社の飛行機だから。違うんですね、あれはね。こないだ初めて教えられました。知らないこといっぱいありますね。あれは、ボンバーでして、爆撃機のBなんだそうです。他だったら、Pってのは、パトロールで哨戒機、Fってのはファイターで戦闘機。ああ、そうだったのかということで…。ダグラス社が作ってもどこがつくっても、BはBになるんだそうです。爆撃機だったら。ごめんなさいでした、という感じで…。
そこで今、ちょっと制空権ってことばを出しましたけれども、この戦略爆撃っていう考え方が出るっていうのは、素人として考えても、ある意味では大変なことなんです。
どうしてかっていうふうにいいますと、ドゥーエはね、どういうこと言ったかというと、今度の戦争は、制空権、戦略爆撃が中心になる。だから、陸海軍ってもちろんあってもいいけど、独立に空軍っていうのをちゃんと作れ。それこそが、これからの戦争の主体になるんだ。で、どういうふうに主体になるかというと、戦争はじまったら、まず空軍が、爆撃機の大編隊を組んで、ぐわ〜っと敵の首都まで、飛ぶんだと。妨害するものが、あったら、それをなんらかの形で排除して、敵の首都の空の妨害物を排除する。これが制空です。で、その上で敵の首都に爆弾の雨を降らせる。そうすると敵の首都には、普通の人民もいますけれども、普通の場合、政府の首脳ってのがいる、軍の参謀本部とかなんとかっていうのも、首都とかその周辺にいくつもあるでしょう。そこをバーってやっちゃえば、敵のトップっていうのは、そこで死ぬか降参する。はい、戦争終わり。一番単純化するとこれからは、それだろってことを、ドゥーエが言ったわけです。
これはある意味凄いことです。どう凄いかっていいますとね、そのころには、陸軍海軍も、技術的にそうとう進歩しています。ダイナマイトの発明以後、爆薬、爆発物っていうのは、そうとう高性能になっています。一次大戦では膨大な血が流され、ヨーロッパ中が自信を失うわけです。世界の一流文明だと思っていたけど、俺たち何やってたんだろうと、呆然となるわけです。南北戦争なんていうのも、膨大な人が死んでますね、アメリカでね。それぐらい悲惨になってたけど、それでも、今の我々の戦争とは全然違います。日本だったら日露戦争なんていうのは、そのころの戦争ですから、そのへんの場所とか、知ってる人は、記憶によみがえらせて欲しいんですけど。
当時の戦争の特徴として、いわゆる銃後ですね、銃後に都市があるわけです。で、敵の都市っていうのもこのへんにあります。(板書をとりながら。)ここに普通に人たちが住んでいる。しかし、戦争ってのは、この中間でやるもんです。それは、国境近くの野っぱらだったかもしれない、あるいは、相互の国の真ん中あたりにある海の上だったかもしれない。どっちにしろ、この街そのものの真ん中で戦争やるっていうのは、最後の段階ですね。完全に途中で自分たちの軍隊が負けて、制圧されちゃった。そんときには、こん中で戦うと。もはや、なすすべもないってなりますけど、基本の戦争はこの、都市と都市の真ん中でやって、背後にいる一般市民ですね、および政治家とか軍のトップとかっっていうのはだいたいこっちの、傷つかないところにいます。直接の兵士と直接の前線の司令官がここでドンパチやって、命を失う、殺しあう、そういうもんだったわけです。
これは、日本の戦国時代だって、そうでしょ。武田信玄の戦いとかっていうと、川中島っていうでしょ。川中島は越後と甲斐との中間ぐらいでしょ。武田信玄の戦いは、だいたい今の長野県でやっています。あの人は信濃の領主じゃなくて、甲府の今でいう山梨県の、あそこの領主ですよね。それは中間地帯でやってたんですよ。最後は、武田信玄は、二代目、次の勝頼のときに滅ぼされますから、そのときには、甲府の街は焼かれますけれども、それは最後の最後の段階、そうじゃないときは、途中でやって、途中で負けたら、降参します。賠償金払います。領土奪います。そして、ごめんないさいと言って終わる。
一般市民は、銃後で旗を振ってる。自分のとこの息子とか夫とかが、死んじゃった、負傷しちゃったってのはあるけれど、ここにいる限り直接弾が飛んでくるっていうことは、原則としてないんです。特に海戦なんかの場合はですね、海の上でやるでしょ。まさにそれはないんです。ナポレオンと、イギリスが激突した、ドゥーバー海峡のところでの、ネルソン提督の戦死。ネルソン提督はイギリス海軍の一番偉い人だったけど、船に乗らなきゃならないから死んじゃうんです。山本五十六っていうのも、日本の帝国海軍の一番トップですけれども、あれも海軍だから、前線にいって飛行機で落とされて死んじゃうんです。しかし、後ろは、そうではなかったということがあります。山本五十六の時代は、違ってますけど、ナポレオンのワーテルローの会戦なんていうのも、フランスとドイツの間あたりの野っぱらでやってるんですね。
日本のさっきいった川中島とか、関ヶ原っていうのは、人里離れた野っぱらです。日露戦争だって、対馬沖での日本海海戦、あるいは、奉天会戦っていうのは、満州の野っぱらでやってます。日本からもはるかに遠い、「ここはお国の何百里、離れて遠い満州に」っていうのは、戦友ってうたですよね。ロシアからはもっと遠い、モスクワやペテルブルグからは、はるかに遠い。そういうもんなんですよ。
ところが戦略爆撃っていうこの思想で、っていうか飛行機ってのが出たことで、この常識が一気に消えちゃうわけです。途中でドンパチやった、わが軍はどうだ、勝ったのか負けたのか、押されているのかどうなのかっていうのが、戦争だったのに、戦争はじまったら、飛行機がいきなりきちゃって、自分たちの頭の上から爆弾振ってくるってことになるわけですよ。
そこに、もしリーダーたちがいたら、リーダー達だって、それを免れるとは言えない。免れたかったら、大シェルターを掘るしかない。あるいは、さっさと、別のところに逃げていくということになるじゃないですか。
そう考えると、いかに革命的かっていうのが、少しは分かってもらえるんじゃないですか。当時、最初にドゥーエさんがいったときには、ほんとに、これで一瞬で戦争を終わる、最初に制空権をとれば一瞬で終わるというふうに思ったみたいです。
敵からの抵抗っていうのもそんなないだろう。高射砲とか、そういうのが、だんだん開発されてるけど、まだ、当時はそんなではないですから、いきなり、大編隊でが〜っといけば、もうそれで終わりだろうってことまで、ドゥーエは考えたんです。
で、細かいこというと面白いですね。バーッと行っても、ツェッペリンだって、落とされたんだから、爆撃機がば〜っていっても、ツェッペリンほど、弱くなくても、敵の戦闘機が落としにくるでしょ当然。で、ドゥーエ将軍は、戦闘爆撃機にすればいいじゃないかという。爆撃機に機関銃とか、そういうの、いっぱいつけとくんです。それで適が迎え撃ってきたら、それをババババっと撃つ。こっちはもう編隊っていう艦隊ですね。ガーっと行って、バババババっと撃って、とにかく敵の首都の上空をおさえてしまいます。そこで、バ〜って爆弾撃つ。もう降参だと。そういう発想ですね。これが戦略爆撃です。
戦略と戦術って言葉がある。軍事学の基本なんですけど、戦術っていうのは個々の作戦、さっきいった日本海海戦とか、川中島の合戦とか、そういうふうな個々の戦闘ですね。それをどういうふうに作戦して、どういうふうに勝つか、これが戦術の問題です。
しかし、この戦術で勝ったからといって、戦争は終わりません。終わる場合もあるけど、なかなかそうは終わりません。一進一退で、戦術で勝ったから、最終的に戦争に負けることもあります。あるところで、戦術を誤って負けても、最終的には勝てる場合ってのもあります。だから、日本はハワイマレー沖海戦、真珠湾攻撃で…、今思うと何であの程度でやめちゃったのってあるけど…、一応勝ちます。ハワイ、マレー沖海戦では、イギリス東洋艦隊の、レパレス、プリンス・オブ・ウェールズを見事に沈めちゃいますから、あれは圧勝ですね、シンガポールを占領してね、その点では圧勝です。で、両方勝ったから、太平洋戦争、大東亜戦争は日本の勝ちなの?そんなことはないですね。負けてますね。全体での戦略では、どう考えても、まだ、日本は勝ってないし、勝てなかったんです。さっきの失敗の本質とか読むと、それが非常に面白く書いてありますけども。
だから、戦術爆撃ってのもあるかもしれない。それはある戦い、例えば日露戦争のときに飛行機があったら、奉天の会戦で秋山のお兄さんのほうが、馬の上に機関銃をおいて、ガガっと大回りをしてロシア軍を攪乱する、同時にこっちから飛行機が、バ〜っと行って、「なんだあれは」といってロシア軍が負ける。それで奉天会戦は勝ったとします。しかし、それだけで、日露戦争が完全に勝てるかどうか分かんない。だから、戦術爆撃でしょう。
ちなみにまた、横道それますと、二宮忠八っていう人がいまして、どこの人だっけ、四国かどっかの人かな。カラスの飛び方をいつも見てる変な男でね、カラスの飛び方を見て模型飛行機を作ったんですよ。それで、ゴム動力みたいなんで飛ばしたんですよ。ライト兄弟より数年前に。それで陸軍にもってって、これ使ってくださいっていったんですよ。アホかお前はって言われたんですけど、採用してたら、世界最初の軍用機の空爆っていうのは、日露戦争だったかもしれないんですね。
その数年後に、ライト兄弟が飛んで、陸軍大学の試験問題で、航空機の軍事利用の仕方について、アイデアを述べよってでてます。それで、当時の日本の陸軍大学で最高の秀才が、機関銃を載せて撃ちまくれと、機銃掃射と先に予言したのが、それが、石原莞爾だったというエピソードがありますけども…。
まあ、それは横道。戦略爆撃っていうのは、ここの戦いに、バトルに爆撃とか機銃掃射で、サポートするっていうんじゃない。バトルじゃなくてウォーですね。ウォーのほうで戦争全体を終わらせるくらいの決定打っていうのを与える爆撃だから、戦略爆撃なんです。それをこのドゥーエっていう人が考え出して、理論化するわけです。
ドゥーエはあくまでも、空想しただけですし、彼自身は、実戦の体験は、空軍実戦の体験はないです。だから、今から思うといろいろ穴はあります。さっきいったように、戦闘機じゃなくて、爆撃機だけを作って、爆撃機で同時にほかの戦闘機も打ち落とせばいいんだっていうのは、余りに甘かったです。やっぱり、敵も必死になって迎撃してきますから、こっちも爆撃機を守る戦闘機っていうのを、周りにいっぱい置いて、それで、敵の戦闘機を落としながら進んでいく。日本の空爆のときにはね、B-29の飛ぶ高さが、とてつもなかったから、それすら必要なかった、ということがありますけど、そのへん細かいところでは、いろいろ違うところあります。
でもですね、やっぱりこの人の根本思想っていうのは、その後どんどん有効性が認められます。それが証明されたのが、第二次大戦ですね。で、第二次大戦と、その前哨戦まで含めて考えると、この戦略爆撃っぽいのを始めたのが、枢軸の側です。
ピカソの絵で有名なゲルニカってのがありますね。ゲルニカってのはスペインのちっちゃい町なんだけど。スペインの内乱の際、共和国軍、リベラル派、民主派、共産主義派、トロツキー派、アナキスト、これが一丸となって、スペイン共和国を守ろうとしました。この連中は、まとまんねえんじぇねえかなと思うけど、その通りまとまりませんでした。でも、必死に戦った。いかにも自由、自由のための戦いって言われて、世界中から、アンドレ・マルローとか、ヘミングウェイとかね、シモーヌ・ヴェイユとかみんなかけつけて手伝うわけです。そういう連中が手伝うから戦争勝てるってもんじゃないって気もするだけど…、まあ、そうやって頑張るわけです。
で、それに対してフランコ将軍っていうのは、スペインの独裁者になろうと、モロッコから攻めてくる。ドイツとイタリア、ヒットラーとムッソリーニは、フランコの側につきます。それで、彼ら、ドイツ軍やイタリア軍の支援を得て、共和国軍の、共和国側の拠点だったゲルニカが空爆されます。で、ピカソの絵が、特にファシストの連中の残虐さを表す、シンボルというふうにされましたけ。実際民間人も殺してますけど、今からみると大して死んでません。多くて数千人、数百人って説もあります。でも、空爆っていうのは、軍人、民間人、全く無視して、いきなりくるものなんだなっていうのが、それで知らしめられたわけです。で、おんなじころ日本はチャイナと戦争しますね。中華事変ですね、いわゆる。今、日中戦争だといわれますけども、そのとき日本も空爆しています。
特にあとで言われるのは、重慶空爆ですね。重慶爆撃。渡洋爆撃といいまして、海を越えて爆撃にいく。これは、九州とか、そのあたりから、東シナ海を越えて、南京とか重慶を爆撃に行ったわけです。それで、敵の街を焼いて戻ってくる。重慶爆撃っていうのは、日本軍の残虐さの象徴として、その後、言われるようになりました。確かにいっぱい死んでます。まあ、南京大虐殺と同じで、何人死んだとか分からないし、むこうに責任もあるじゃないかとかいうとキリがないです。でも、まあゲルニカよりは死んでますね。万単位で死んでるし、民間人も相当死んでることは間違いないです。そのへんもいろいろ言い分というのは双方にありまして、夜間爆撃だったから区別つかないとか、当時の爆弾では、ピンポイント爆撃もできないから、最初は軍事施設狙ってたのに、いつのまにか、市街地爆撃になっちゃったとか。
でも、本格的に都市を爆撃して、焼いちゃった、多くの民間人が死んだのは確かです。でもね、広島、長崎よりは少ないですよ。東京大空襲よりはずっと少ないですよ。だから、後ににそういうことをやった連合国側、アメリカとかが、日本もこんなひどいことしてるんだよという例として、特に重慶爆撃が有名になっちゃった。というところがあります。
そういうふうな形でこの戦略爆撃っていうのは、はじまったんですけど、実はですね、今、ちょっと言ったように、そんなに犠牲は出してない、犠牲だけじゃなくて軍事的効果も実はあんまり無かった。ゲルニカなんかちっちゃな町です。町というより、村ですし、日本の場合、敵が、蒋介石の軍隊でしょ、国民党の軍隊でしょ。当時のチャイナを完全に制圧してるわけじゃないんです。当時のチャイナには、あちこちに軍閥っていうのがあって、日本の戦国時代みたいなもんですよ。武田信玄がいたり、向うに長曾我部がいるとか、毛利がいるとか、そんなような感じなわけですよね。張作霖なんていうのは、満州のほうにいた。そん中で、一番、強いかなっていうのが、国民党軍の蒋介石軍だったと。その理由はいろいろあるんですけども、アメリカとかイギリスとかが、後の連合国が、バックアップしてたってこともあります。その程度の政府ですからね、南京を占領したら最初ね、日本はそれで、日華事変終わると思ってたんですよ。相手の首都を占領したんだから。大虐殺したかどうかは、知らないけど、制圧したことは確かですから、これで終わりだろと。だから、提灯行列やったんです。だけど、ハッて気が付いたら蒋介石が徹底抗戦と言ってね。えっ何?どこにいるの?重慶に新しい都を移して、徹底抗戦…。何これってなります。その程度の政府なんですよ。だから、重慶空爆したからといって、もう大してビクともしないんです。こういうところではですね、ドゥーエさんの議論っていうのは、通用しないんですね。安定した国で、ちゃんと中央集権の政府があって、そこに官僚機構とか、攻撃主体とか、軍隊の中心、中枢とかがあるっていうならそうだけど、そうじゃないところで、いくら空爆やったって、あんまり意味ないんですよ。だから、あまり効果無かった。ナチスドイツもそういうことやろうとするんですけども、なんかイマイチです。
まずイギリスが、空軍では非常な先進国だった。で、ドイツも「風立ちぬ」に出てくるユンカース社の爆撃機とか、メッサーシュミットという、マニア垂涎の軍用機をいっぱい作ってますけど、イギリスだって負けちゃいません、スピットファイアとか、モスキートなんていうのもありまして、バトル オブ ブリテンというのを、チャーチルが声高々に、宣言します。つまり、イギリスの島の周りっていうのを、空軍で完全に守りを固めて、ドイツの飛行機は一機も入れない、全部水際でぶっ叩く。それで勝っちゃうんです。だから、さすがのヒトラーもイギリスには一歩も入られない。
で、最後のやけっぱちで、ですね、V1号、V2号ってのがある。これも先駆性というところは、すごい先駆的です。ミサイルですからね。人が乗ってんじゃなくて、弾道ミサイルで、今のICBMの小型みたいなもんです。ワーっとこう放物線を描いて、成層圏近くまでいって、ガーっと落ちてきてロンドンにぶつかる。で、実際、ロンドンに結構あててます。だから、それに核でものってたらと思うんだけど、残念ながら、爆薬をあんまりつめるところまでいかなかった。だから、無事、見事あたっても数人死ぬとかね。その程度なんですよ。だから、なんか詰めが甘いんですよね。ウィンザー宮の、イギリスの王宮のプールかなんかにぶち当たって、ビビりまくったなんてのもありますけれども、これなんかも漫画的な、笑い話みたいなもんで、実際の効果ってそんなに無かった。心理的には、怖かったみたいですね。音速越えてますからね。戦闘機だったら見える。バババってプロペラの音が聞こえる。ところが落っこってから、音聞こえるわけですからね。これは相当怖かったですけど、実際の効果は実はあんまり無かった。
ヒトラーの兵器、ナチスの兵器っていうのは、かっこいいのとか、面白いのいっぱいありますけど、実際効果あったのか?、こりゃ負けるよな、というのが多いあたりが、なんとも言えせん。
日本の場合はですね、重慶の空爆、渡洋空爆ってのをやったわけなんですけど、実は日本軍も相当な打撃を被ってます。国民党軍は迎撃する戦闘機が結構あったんです。アメリカ、イギリスが支援したから。で、それに日本の爆撃機ボンボン落とされちゃうわけですよ。だから、帰ってこない。それで、日本は戦闘機の開発っていうのを、力を入れるようになる。爆撃機を守らなきゃいけないから。で、そういうふうな流れっていうのはあります。その辺の背後には、やっぱりドゥーエの思想っていうのを、どういうふうにすれば実現できるのか、有効に実現できるのか、っていう発想があったわけです。で、それに成功したのはアメリカですね。
アメリカが戦闘機もいっぱい作りますけども、爆撃機の開発に力を入れまして、さっき、私がボーイングだと思ってた、B-17とB-29ってのを開発します。B-17は空の要塞といった。当時の規模からみると、とてつもなくでかい飛行機ですね。で、また、超高空を飛ぶ。で、B-29はさらに凄いんで、空の超要塞っていうふうに言われています。これぐらいの爆撃機がなければ、原爆は運べませんね。で、ドゥーエ思想っていうのを、各国は、みんな意識はするんですけど、実現して成功させたのは、アメリカなんです。で、アメリカはですね、このB-17をヨーロッパ戦線に投入してナチスドイツを叩く。ドレスデン大空爆ってのが、ありますね。「スローターハウス5」のカート・ヴォネカット・ジュニアという人がいます。カート・ヴォネカット・ジュニアはアメリカ人ですけど、二次大戦に参加して、ヨーロッパ戦線で捕虜になっちゃいます。で、捕虜になって、ドレスデンの収容所に入れられちゃうんです。そのドレスデンをB-17が大空爆するわけです。かろうじて生き残るわけですね。そこで彼は根本的な反戦主義者になるわけですけれども。むこうだったらドレスデンをたたく。
日本だったら、東京その他の都市空爆と、広島、長崎ということになるわけです。ここまで来ますとね、確かにドゥーエさんのいうことは、正しかった。日本は相当しぶとく戦った。あれだけ物資もなく技術も劣るのに、相当しぶとく戦った。でも、東京大空襲でさすがに参った。東京大空襲が3月10日なんですけどね、吉永小百合の誕生日です。3月10日はもちろんそうなんだけど、1945年3月10日って吉永小百合の誕生日、東京大空襲の時に生まれたんです。吉永小百合が何歳かってわかると、戦後何年か分かる…。えーっと、東京大空襲の後、二か月後かな、鈴木貫太郎内閣が成立しています。大東亜戦争は、最初は東条英機内閣でしょ、次が小磯国昭内閣でしょ、その次に鈴木貫太郎内閣にかわるんだけど、鈴木貫太郎内閣は、もう何らかの形で戦争を終わらせるっていう覚悟ができていた、終戦処理内閣だったと。終戦内閣だったという風にいろんな資料から分かっています。えーっと、ですから、あの広島長崎がなくても、日本は降参した。あれはいらなかったっていう立場ができたんですね。でもまあいろんな立場があって、それでもすぐ終わったわけじゃなくて、ぐだぐだやってたから、やっぱり広島長崎が戦争を終わらせたんだっていうふうにアメリカは言いたがります。でもこの東京・広島・長崎のあの大空爆と核空爆ということで戦争が終わった、大日本帝国は完全に壊滅したっていうことを考えると、これは防衛理論の戦略爆撃が戦争を終わらせた、決定的な決定打の中の決定打である。ここで証明されたと言えないことはないわけです。
その後はどうなのかっていうと、その後、これを完全に証明する戦争っていうのはないですね。湾岸戦争なんかにおいて、空爆がどこまでイラクを弱らせたのか、いろいろ議論されています。でも地上戦は、やってますからね。アフガンのタリバンをたたく、あのアメリカの空爆なんていうのは、一応あれでね、あのアルカイダの政権っていうのは崩壊したから、あれの方がまだ近いですかね。
でもそれ以上に、戦争が起きなかったっていうことにおいて、ドゥーエの理論っていうのは証明されているのかもしれません。どうしてかっていうと、戦後はですね、もはや戦略爆撃っていうと核攻撃になります。えー、初期のころは、アメリカは核を輸送する爆撃機っていうのを各地に配備した。世界中のどこでも飛べるようにした。なんかあったら、すぐ行くよってことになってます。やがてミサイル、まあ、ロケットになりまして、V2号よりも、もっと早くもっと性能が上がっていく。なんでそんなにロケット開発がどんどん伸びていったのかというと、V2号を開発したヴェルナー・フォン・ブラウンっていうナチの科学者をアメリカが連れてきちゃったわけですね。連れてきちゃってアメリカの宇宙開発に従事させます。宇宙開発はもちろん表面的で、核ミサイル開発です。えー、で、ソ連との人工衛星競争とか月までの到達競争とかありましたけど、あれはどっちの方がより遠くにより正確にICBM、大陸間弾道弾を核をのせてぶつけられるかと、その戦いだったわけです。えっと、だから、あの、日本のはやぶさがどうなのかってことを、チャイナの中枢では必死に分析しているでしょう。でも分析しても無駄な気がしますけどね(笑)。日本はそんなことしなくてもアメリカ任せだから(笑)。
その核ミサイルによって、どういう戦争が起きたかっていうと、ついに核は使われてないんですよね。だから戦後においても戦争の無かった年はないです。特に朝鮮戦争、ベトナム戦争っていうふうな、かなり長期にわたって続いた悲惨な戦争っていうのはありました。内戦の類だったら、南米とかアフリカとかで絶えたことないです。まあ、今でもシリアでやってますね、いつ終わるともしれない。でも、先進国同士の戦いっていうのは、ついに無かったんです。終戦直後から1970年代ぐらいまでのSFで、将来大パニックが起こる、将来破滅がくる原因の相当のパーセンテージは核戦争ですね。第三次世界大戦、核戦争後です。そういうSFじゃあ全然ない、ロバート・A・ハインラインの『夏の扉』っていう非常にロマンチックな名作がありますけど、それでも第三次世界大戦でニューヨークやワシントンは壊滅して、ロサンゼルスとかを中心にアメリカは再び蘇ったっていうその未来の話なんですよ。ですから、起こるとみんな思ってたんです。でも起こんなかったんですよね。人間はそこまで馬鹿じゃなかった。
でも別にあの、反戦の運動とか思想とかが止めたかというと、全くゼロだとは言わない、そうじゃなくて、核兵器っていうのが、やっぱり戦争を止めたんでしょう。ということはつまり、みんな戦略爆撃を怖がったから、究極の戦略爆撃である首都核攻撃っていうのを怖がったから、戦略核を怖がったから戦争は起きなかったというわけです。てことは、ドゥーエさんの思想の勝ちですね。戦争が起こるっていうことは首都核攻撃です。それは、やっぱり嫌だなってことで、みんな控えちゃったってことになると、このドゥーエさんの制空っていう思想と戦略爆撃っていう思想は正しかったらしいですよ。
そういうこと考えると非常に面白いです。今後戦争が起こった時にも、その辺は注目する一つのポイントですね。どのように制空権と戦略爆撃を各国、例えばアメリカが使うか。チャイナはそういうことを考えることが果たしてできるか。そういう話です。そういう話がすごく長くなりましたけど、ようやく「風立ちぬ」と堀越二郎に戻りましょう。さっき、少年時代の堀越二郎の夢の場面で、ツェッペリンがぶら下げてきた、引き連れてきた爆弾で夢の飛行機が落とされる。そっから話が始まる。次にカプローニ伯爵は「敵の町を焼きに行く」っていう風に言って、少年は顔をこわばらせる、そんな場面でしたね。えーっと、このカプローニ伯爵という人はですね、一次大戦以後の、イタリアの大飛行機メーカーのオーナーであって、飛行機を自分で設計してますけれども、確かにね爆撃機が多いんです。監督に来てたドゥーエさんの影響も多分あるんでしょう。戦闘機も作ってますけど、みんな作ってますけど、爆撃機が結構多いです。
で、堀越二郎の、お話の中で第三の夢の中で、再びカプローニさんに会います。正確に言うと第四かな。そうするとカプローニ伯爵は「もう俺は引退するんだ」と。「最後の大型爆撃機を軍におさめて引退するんだ」とか言う。そして「だからおさめる前に職工の家族たち、女の子達や奥さん達をのせて、楽しい飛行を、今ちょっと楽しんでるところなんだ」って言って「君も乗りたまえ、日本の少年よ」って飛行機を見せます。相当巨大な飛行機ですね。それを見てカプローニ伯爵は、「どうだ、素晴らしいだろう」っていうふうにいうと、堀越二郎は「壮麗です。ローマ帝国のようです。」っていうふうにいうわけです。これは、どういうことなのか。もう一つなんとも言えませんけど、ほんとに心の底から礼賛してるって感じじゃないんじゃないかな。一応リスペクトする。凄いと思いますよっていってるけど、ローマ帝国だって…、大味ですねっていってんじゃないか、深読みすると。そんなふうに少なくとも私は見ました。これはどうなのかな。皆さんなりに考えてみてください。
で、しかしですね、その前後のところでもですね、堀越二郎は、爆撃機にはもう一つノレないってセリフが、随所にあります。カプローニ伯爵自身、その内緒の遊覧飛行やってるときに、爆撃機にするには惜しいんだってなセリフをちらっというわけですね。
堀越二郎のほうは、さっきいったユンカース工場、ドイツのユンカース工場に、視察にいく、見学にいく、いろいろ教えてもらいにいく。ドイツ人は日本人を警戒して、あまり教えてくれない。そこで、当時のユンカース社の大傑作であるG-38っていう飛行機、巨大な飛行機を見学します。これは、翼のところに人が乗るところや窓があって、相当でかい、翼もでかくて、ぶっとい飛行機で、旅客機兼輸送機として、一次大戦と二次大戦の間に活躍した、二次大戦前夜に活躍した、そういう民間機で、軍用機じゃないです。これを主人公達は、日本の技術者たちは、見学して、これのライセンスをもらってきて、これの改良型を作って爆撃機にするんだっていってるわけです。
そこで堀越二郎は、やっぱり爆撃機にするには、惜しいよっていうふうなセリフを吐くわけですね。これは、軍事利用は嫌だな、平和がいいなっていうふうにとれなくもないです。でも、彼自身は戦闘機作っていくわけですから、爆撃機に対して、やっぱりちょっとって、ひく思いがある。で、彼はその巨大な旅客機も、ユンカースのG-38も、もちろん見て、感動するんですけど、端っこにちっちゃい飛行機があります。そのちっちゃい飛行機の方に「おっ」と感じで駆け寄ってくんですね。そうすると、そこにも、ドイツのユンカース社の警備員がワっと来て、ヤパン、ジャップじゃなくて、ヤパンですけど、こっち入っちゃいけない、入っちゃいけない、といってまた、ちょっと、また揉めると。そういう場面があります。
彼は爆撃機に転用されるような飛行機よりも、ちっちゃい小ぶりの飛行機のほうが好きらしい。というのが、そこでも、ちらっと出てくるわけです。そういうふうな、カプローニや、ユンカース社、さらにそれを爆撃機に使いたい日本の軍人達対堀越二郎という図を出しました。ちなみに、言っときますと、このユンカース社のおっきい旅客機の基本の特許を日本が大金出して買ってきて改良した、これは史実です。でも、改良しても改良が終わったときには時代遅れになっていて、全然使えなかったらしいですけどね。
もう一つ、次の話というのはですね、堀越二郎の親友でライバルとして、本庄季郎という人が出てきます。堀越二郎は、最後まで少年っぽい男として描かれますけども、本庄季郎は、もうちょっと青年っぽいイケメンとして登場しますね。絵では。この本庄季郎はですね、これも実在の人物です。やっぱり、三菱重工で、飛行機を作っている設計者で、この人もまた、非常に優秀な設計者だっとことも史実です。この人が、作ってたのですが、爆撃機なんですよ。一式陸攻とか九六陸攻とか、いくつかあるんですけど、主に爆撃機の傑作を作って、それで、陸軍のほうに貢献したという人なんです。それに対して、堀越二郎は零戦ですね。零戦は、零式戦闘機を略して零戦ですから、戦闘機の人なんです。だから、この二人は戦闘機の名設計者と、爆撃機の名設計者ということで、くっきり別れるわけです。
それでですね、この二人っていうのは、アニメの中では、ライバルだけど親友ってふうになってますけど、現実には仲悪かったって宮崎監督は、さっきの本で、半藤一利さんとの対談の本で言ってます。あんまり口聞いたこともないだろう。あれは、お話ですから、親友にしちゃいましたっていうふうに言ってるわけです。今、アニメの話をしてますから、史実を引き込むっていうのは、ルール違反ですけど、爆撃機を作る人と、戦闘機を作る人というのは、ひょっとしたら違うんじゃないか。場合によっちゃノリ合わないんじゃないか。なんてことをちょっと妄想します。根拠は全然ないです。アニメの中でも本庄が作った9試陸攻、96陸攻は、渡洋爆撃でチャイナの街を、重慶だか南京だか知りませんけど、爆撃に行く場面っていうのが、チラっと出ています。そういうふうに、この「風立ちぬ」は、一番最初の夢のときから、爆撃機、空爆に向かう飛行機っていうのは、主人公の敵っていうか、主人公の反対側にあるんです。ここは結構、考えてみると面白いんじゃないかという気がしてます。でも、これだけだとだから何なのと思うでしょう。

○「軍事思想史から観た「風立ちぬ」(宮崎駿監督)の近代 (雑談ありバージョン)」講義録(後半)
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浅羽通明
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講師プロフィール

浅羽通明(あさばみちあき)1959年、神奈川県生まれ。「みえない大学本舗」主催。著述業。81年早稲田大学法学部卒業。著書に『ニセ学生マニュアル』シリーズ三部作(徳間書店)、『天使の王国』『知のハルマゲドン』(小林よしのり氏との共著)『大学で何を学ぶか』『思想家志願』『天皇・反戦・日本』『昭和三十年代主義』(以上、幻冬舎)、『澁澤龍彦の時代』(青弓社)、『野望としての教養』(時事通信社)、『教養としてのロースクール小論文』(早稲田経営出版)、『ナショナリズム』『アナーキズム』(以上、ちくま新書)、『右翼と左翼』(幻冬舎新書)、『時間ループ物語論』(洋泉社)などがある。
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