中園直樹先生の、超実践的、いじめ克服講座

(講義時間:約2時間13分)

講義内容

〇内容

自身の長年にわたる被害経験や克服経験から、いじめをテーマにした小説や詩集を出版されており、現在は世界的いじめ反対運動ピンクシャツデーの日本普及に力を注がれている中園直樹さんに、「いじめに合わないためにはどうすればいいか」、「いじめを抜け出すだめにはどうすればいいか」という実践的な内容について、インタビュー形式で講義していただきました。
「アリアドネからの糸」という本に掲載されている中井久夫先生の「いじめの政治学」という論文に沿いながら、小説「星空マウス」の実践的な内容を紹介するという形で進行されます。

なお、本講義は、浅羽通明先生の「にっぽんの夏、いじめ夏」と合わせてご覧くただくことで、より深く理解することが可能です。

「浅羽通明 にっぽんの夏、いじめの夏」

○対象者

・深刻ないじめに合っている方(学校、職場を問わず)
・いじめに合っているお子様の保護者
・教育関係者の方

〇テキスト

小説「星空マウス」(著者:中園直樹)

※著者のサインが入った「星空マウス」を販売しております。本ページ最も下部の「テキスト+紙タイプレジュメ」からご購入ください。この講座ではレジュメはございません。

〇内容補足

「いじめられている方が悪い」「いじめられている方も悪い」というのは、迷信であり、「いじめ」という関係性においては、どんなことが「原因」であれ「いじめを行っている」という一点において「100%加害者が悪い」という認識を持ち続けることが大切であるということをお話しいただきました。

この場合の「原因」には、生真面目、優しい、いい子、顔がかわいいなど、『完全な言いがかり』から、調子に乗っている、自己中などなど、『子供の世界では真っ当な理由とされるもの』まで、様々です。

本講義では、上記がなぜ迷信であるかをわかりやすく説明していただくために『完全な言いがかり』の方を主に取り上げていただきましたが、本講義のテキスト、小説『星空マウス』中の「吉津木」という登場人物のように、被害者側が悪事を働いた戒めとして、いじめられ始める場合もあります。

しかし、中園氏は「いじめ」=「殺人(未遂/自殺に追い込まれるという意味で)」との考えのため、どんなに被害者側が悪事を働いたからと言って「いじめた(殺人未遂を犯した)」時点で、加害者の方が悪いと考えられています。

本講義における「大人社会では被害者が悪事を働いた結果として、加害者が犯罪を犯した場合でも、問答無用で犯罪者側が裁かれる。被害者が悪いからという理由で許されるのは子供社会だけ」などの言葉にその考えが見られますし、本講義のテキスト、小説『星空マウス』にはもっとわかりやすく、いじめは「人殺しと同じ」としっかりと銘記されてもいます。

私自身、いじめの加害者であったこともあり、被害者であったこともあり、傍観者であったこともあります。自分自身の過去の反省も踏まえ、いじめに対する認識に誤解が生じないよう、念のため補足させていただきました。

インタビューアより


○いじめ克服講座 講義録


【山本】本日は、自身の長年にわたる被害経験や克服経験からいじめをテーマにした小説や詩集を出版されており、現在は世界的いじめ反対運動ピンクシャツデーの日本普及に力を注がれている中園直樹さんをお招きしています。

【山本】以前、スクールマーケットでは浅羽通明先生を招いて「にっぽんの夏、いじめの夏」と題し、いじめについてご講義いただきました。そこでは、いじめ発生のメカニズムやいじめの構造についてお話いただいたのですが、今日は、「では、いじめに合わないためにはどうすればいいか」、「いじめを抜け出すだめにはどうすればいいか」という実戦的な内容について、浅羽先生の講義でも実践的な方法を描いている小説として取り上げられた『星空マウス』を中心に、著者である中園直樹さんへのインタビュー形式の授業を提供させていただきます。

【山本】本講義は、理論部分を浅羽通明先生の講義でも紹介された、この「アリアドネからの糸」という本に掲載されている中井久夫先生の「いじめの政治学」という論文を土台に、実践部分を小説「星空マウス」という形で進めて参りたいと思います。中園さんもそれでよろしいでしょうか?

【中園】はい、私は現場の被害者である私を助けてくれなかった机上の空論にはウンザリしていたのですが、浅羽先生の講義を聞いて机上の空論ではないことが理解できましたので、読ませていただきました。中井先生もいじめ被害体験があった方だったこともあり、私の被害体験に照らし合わせてみてもかなり当てはまる部分が多かったです。正直、「もっと早く出会えていれば」と感じられる内容でしたので、是非それでお願いします。

【山本】それでは、早速「いじめの政治学」の内容に触れていきます。中井久夫先生はまず、子供の社会は「権力社会」であるとズバリ書いておられます。そしていじめの問題は、権力欲に関係しているので、そこには必ず政治、政治学があるとおっしゃいます。タイトルが「いじめの政治学」となる理由がこれです。

このように、子供社会の本質を見抜いた上で、中井久夫先生は、イジメ発生のメカニズムについて説明していきます。中井先生は、いじめの進行を3段階に分けます。第1段階が孤立化、第2段階が無力化、第3段階が透明化です。

まず、孤立化についてご説明させていただきます。「いじめの政治学」には、次のような記載があります。

「孤立化していない人間は、時たまいじめに会うかもしれないが、持続的にいじめの標的にはならない。また、立ち直る機会もある。立ち直る機会を与えず、持続的にいくらでもいじめの対象にするためには、孤立させる必要がある。いじめっ子は最初「孤立化作戦」に全力を出す」

では、もう少し「孤立化」について具体的に説明させていただきます。まず最初に「いじめられる者がいかにいじめられるに値するか、いじめられても仕方ない奴か」というPR作戦から実行されます。これは何も大々的に声を大にして始められるわけではありません。「あいつってちょっとあれだよな」みたいな感じで、時には「無言のうなづき合い」の中で徐々にはじまります。

このPR作戦には、教師も簡単に巻き込まれます。ときには生徒の人気を維持するために、PR作戦に積極的に乗っかるかもしれません。浅羽先生の講義でも取り上げられていますが、1994年12月に朝日新聞に掲載された「イジメ社会の子供たち」第2回には、「言ってはならないことだが、クラスの運営にとっては、いじめる側に立っていじめられる生徒に我慢を強いる方が楽なんです」という教師の証言が掲載されています。

また、こちら「スクールカースト」という書籍には、「弱い」教師は、「生徒からいじめられてしまうこともザラにある」ため、そうしたことが起きないように、教師が権力のある、カーストが上位に位置づけられる生徒と仲良くなることによって、「権力の一部を分けていただく」という記述があります。

そして、PR作戦によって孤立してしまったいじめられっ子は、「自分がいじめられてしかるべき、魅力のない、好かれない、生きる値打ちのない、ひとりぼっちの存在」であると思い込むようになります。

さて、浅羽先生が述べられていましたが、学生のいじめを防ぐ上で有効なのは、この「孤立化」を防ぐところまでだとおっしゃっていました。まずは「孤立化」しないことが何より大切なのです。

それでは、いかにして孤立を回避するかについて中園先生にお伺いしたいと思います。こちら、いじめ克服マニュアル小説「星空マウス」の中で、自らのいじめを克服し、それをいじめられている主人公に伝える役割を担う登場人物「I君」が、以下のように述べます。

「今から俺が言うことは、聖人君子や大人や教師が教えることとは正反対。そう考えると手っ取り早い。ああいうのは、全部「生きるための教えじゃない」。でも俺たちは生き延びるための方法を考えなくちゃいけない。学校という社会から閉鎖された監獄のような戦場を生き抜くためにはきれいごとは捨てなくちゃいけない」

では、具体的な話をはじめましょう。代表的なものが「自分の身を守る」というものです。I君は、無謀にもいじめを止めようとした主人公に次のようにいいます。

「お前って成績いいのに本当にバカだな。自分のことしか考えないのが、利己的なんだ。自分のことを考えること、自分の身を守ることは、自立した一人の人間として生きるために必要なことなんだ」

今のI君のセリフを踏まえ、中園さんの「自分の身を守る」ことについて教えていただけないでしょうか。

【中園】中井先生の理論を踏まえると、話は簡単で「PR作戦」によって、被害者は「自分がいじめられても仕方ない価値のない人間」と思い込まされている場合が多いです。さらに、そこに上塗りするように、大人から子供まで長く信じられ続けている、日本でしか通用しない間違ったいじめの迷信「いじめは被害者の方が悪い」も合せて、加害者に刷り込まれてすっかり洗脳されてしまっている場合が多いです。さらに、「いじめは被害者の方が悪いんだから、いじめられなくなるためには君がいい子にならなければならない」という、とんでもない大間違いを平気で書いているいじめ本も多数氾濫しています。さらに、その迷信を信じている大人も子供も多数います。もちろん、教師や親の中にも平気で「いじめは被害者の方が悪いんだ!」と被害者を責める方も多数存在します。結果、被害者は「いじめられないために」と、必死に「いい子」になろうと努力します。

さて、長く信じられている「正しい教え」というものは、たとえば聖人キリストの言葉「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」に代表されるように、とにかく「自分のことより他人のことを考える」ことが良い人間になる方法と教えられ続けています。いじめ被害者がそういった教えを守るとどうなるかは簡単です。加害者の言いなりになってしまい、どんどんいじめは悪化して泥沼から抜け出せなくなるだけなのです。大人社会に置き換えて考えると簡単です。大人の犯罪者は、どのような相手を被害者として選ぶでしょうか? もちろん、自分の身を守れない弱い相手や、あるいは守らない善人です。つまり、法律に保護されている大人社会であってすらも「いい人間」になればなるほど、犯罪被害に遭う危険性が高まります。

では、これを改めて子供社会に置き換えて考えてみたらどうなるでしょう? まったく同じ結果となります。そもそも「いじめ」とは、「脅迫・暴力・強盗・窃盗」など数々の犯罪の詰め合わせの、継続状態のことです。犯罪一回では「いじめ」とは認定されず、先生からもこっぴどく叱られます。ですが、なぜかその犯罪が継続すると「いじめ」と認定されて、一回の犯罪よりも軽く扱われ、先生からの注意も軽くなってしまう場合が多く見られます。これが、私の学生時代から現在まで続く、日本のいじめ被害者の現状です。

ただし、大人社会ではまだ善人が被害に遭った場合は、法律や警察が守ってくれるのですが、子供社会には「加害者を守る法律」である「少年法」が存在しているにもかかわらず、被害者を守る法律が存在しませんので、子供社会の被害者は法律にも警察にも守ってもらえません。つまり、私の学生時代から現在に至るまでの日本の「学校」という閉鎖された子供社会は「犯罪者天国」の「いじめ地獄」と言っても過言ではないのです。

そんな中で、唯一の味方であるはずの教師が加害者側のPR作戦に乗ってしまっていたり、親や友人までもが「いじめは被害者の方が悪い」という迷信を信じていた場合、悲惨な結果しか待っていません。いじめはどんどん悪化する一方です。日本の「学校」という子供社会は長い間このような状態にありますので、自殺者が後を絶たないのも当然の話です。

もちろん、私も長年そういった迷信を信じていた結果として、自分のいじめをどんどん悪化させていた被害者の一人です。さらに、小説を出版して以降はそういった大人に苦しめられた子どもたちからの感想も多数届いています。ですので、結局私の学生時代から現在に至るまで、日本のいじめの現状が何一つ変わってないことがわかるのです。

つまり、日本の学校という閉鎖された子供社会が「犯罪者天国」の「いじめ地獄」であるという現状、現在の日本において最も命の危険が高い時代が「学生時代」という現状を踏まえると、「自分の身は自分で守るしかない」という結論にたどり着かざるを得ません。大人になれば、正しく生きていれば法律や警察が守ってくれますので、大人になるまで生き延びられさえすれば、あとは天国といっていいぐらい生きやすくなります。私もそうですが、学生時代にひどいいじめを経験している人間の多くが「大人になってからの人生はぬるま湯だ」と言います。

また、私個人に限って言えば、39年間の人生の間で、学生時代のいじめの苦しみを100とするなら、成人後いじめを克服してからの人生ではどんなに辛くても辛さは5以下です。50ではないですよ。100に対して5以下なのです。それぐらい学生時代のいじめは辛く、「命の危険」に直結しているのです。逆に言えば、それぐらい大人社会はぬるいので、「騙されたと思って、とにかく大人になるまで生き延びてほしい」が、私が常に被害者の子に対して思うことです。いじめ被害から抜け出して大人になるまで生き延びられさえすれば、天国が待っていますから。

では、ここで大人の職場におけるいじめについても考えてみましょう。個人的にできるいじめの克服方法とは、いじめが複合犯罪の継続状態であることから「犯罪被害に遭いづらい人間になること」ですので、私のように学生時代にひどいいじめを受けていて克服していた場合、一生いじめられ辛い、つまり犯罪被害に遭い辛い人間になれていますので、基本的に心配はないです。

ですが、大人になるまで深刻ないじめ被害に遭わなかった方が、大人になってはじめて、仕事を振られない、何も報告されないなど無視やリストラ目的のいやがらせなどのいじめ被害に遭った場合、やはり地獄の苦しみに感じられるようです。また、子供時代に被害に遭っていない方は、大抵「いじめ」というものが人間の精神に与えるダメージの深刻さを、非常に軽く認識されてしまっている場合が多いこともあり、限界を超えるまで頑張ってしまい、うつ病を発症して退職というケースが多いです。ですので、大人の場合は少しでも「ヤバイ」と感じたら、素早く退職されることをお勧めします。仕事や社会的地位などより「命」の方が大切です。「命」さえあれば、人生どこからだってやり直せます。しかし、「命」を失ってしまっては、「二度とやり直せない」のです。決してそこだけは間違えないでください。

話がそれたので戻しますと、このセリフで最も大切なのは「見て見ぬふり」の扱いです。学生時代をいじめ被害に遭わず生き延びるためのもっとも有効な身を守る方法は「見て見ぬふり」をすることです。そうすれば、少なくとも自分がいじめ被害に遭うことはありませんので、無事学生時代を生き延びられます。これが、弱い人間が「自分の身を守る方法」の基本です。私は、クソがつくほどの真面目だったので、いじめを見るたびに止めていました。結果、止めたいじめが全部自分の背中にのしかかってきました。

しかし、放置していいのかというとそういうわけでもないのが難しいところです。いじめを発見したけれど自分に助ける力がないとわかっている場合、最も大切なのは「自分の身を守れる範囲」でできることを探すことです。たとえば、加害者のいない所でこっそり励ましたり、直接ではなく名前を伏せて励ましの手紙を書いたり、あるいは私の小説や詩集をプレゼントするという方法もあります。それは多くの読者の中高生がやってくれて成功してもいますし、私自身そういった場合のことを考えて、題名、表紙、帯、目次、書き出し、あとがきなど目立つところに「いじめ」という単語をつかわないように気を遣っています。ですので、いじめの克服方法が描かれている本ということがバレずにその方法を伝えることができます。こういったことは一例でしかありませんが、とにかく大切なことは「自分の身を守れる範囲」で行動することです。

次ですが、大人はしばしば「いい子」であることを生徒に要求します。しかし、星空マウスのI君は次のようにいいます。

「利己的になれとは言わないから、表面だけでもいいから、普通程度に利己的なふりをしろ。偽悪を身につけろ。そうしなきゃ利用されるだけ利用されてボロボロにされるだけだ」

「偽悪という協調性」ということばも使われますが、では「孤立化」しないために何をどのように身に着ければよいか、教えていただけないでしょうか。

【中園】「朱に染まれば赤くなる」という言葉があります。これを意図的にやった方がいいということです。いじめのターゲットになりやすいのは、何かに優れすぎていたり、何かで劣りすぎていたり、とにかく目立つことです。それは見た目、成績、運動何でもそうです。ですので、目立たないようにに周囲に合わせることがいじめの危険性を減らします。この小説の舞台は、とにかく不良だらけの高校です。そんな環境の中で、主人公は度が過ぎるほど真面目で、性格もやさしく、成績も超優秀という大人から見た「理想の子供」です。当然、不良だらけの環境ではものすごく目立ってしまいます。この主人公はいじめを見たら必ず止めます。これでは「いじめてください」と言っているのと同じです。そのため、自分を曲げず素直に真っ直ぐ生きている主人公に、「目立たない普通の人間」になれるようにアドバイスをするわけです。

よく「ありのままの自分で生きよう」という言葉がありますが、これはこと「いじめ」という関係性においては、「悪化させる」ものでしかありません。特にどんな時代においても、どんな環境においても「いじめられやすい性格」というものがあります。そう生まれついてしまった人間が、素直に生きていると私のように十年以上いじめられ続けるということになってしまいます。

では、「いじめられやすい性格」がどういう性格か、説明しましょう。それは「真面目」「大人しい」「優しい」「成績が良い」など、「大人から見た理想的な子供」像にあてはまる性格です。真面目で優しいと、正義感からいじめをみすごせずに直接止めてしまいます。すると当然加害者を逆切れさせていじめられます。さらに、優しい性格の場合、自分が暴力を受けても、「相手がかわいそうだから」と、やり返せない場合が多々あります。当然、いじめたい加害者から見たら、反撃を受けるリスクがないわけですから、これ以上良い獲物はいません。当然いじめられます。成績が良いと嫉妬されていじめられます。さらに、そういった性格の子は「大人から見た理想的な子供」であるため、大人からも可愛がられます。当然、同世代からは嫉妬の的になりいじめられます。

では、そんな人間が「ありのままの自分」で生きていたらどうなるでしょうか? 私のように、十年以上いじめられてしまいかねないということです。大きく報道された例で言うと、レディーガガの『ボーンディスウェイ』という曲に感動して、「ありのままの自分でいいんだ!」と、YouTube上に自分がホモセクシャルであるとカミングアウトした動画を流した14歳の少年が、動画投稿後にしばらくして自殺したという事件がありました。その後は報道がありませんでしたので、詳細はわかりませんが、私から見れば元々いじめられていた子が、さらに「ありのままで」と、自分に不利になる情報をカミングアウトした結果、さらにいじめが悪化、自殺に追い込まれたとしか思えません。

つまり、元々いじめられやすい性格の子がいじめから身を守るためには、そういう性格がバレないように「周囲に染まったふり」が必要になるということなのです。私も大学2年でそれに気付いたため、それからは自分の「真面目さ」「大人しさ」「成績の良さ」を隠すようになりました。さらに、普通の同年代を観察して、必死で「不真面目なふり」「利己的なふり」「馬鹿なふり」を身に着けました。元々の性格が真面目ですので、コツコツ努力してそういったものを身に着けたのです。また、もう一つもっと大切なことがあります。それは「やられたらやりかえす覚悟」を腹にすえることです。これらを身に着けてからというもの、いじめ加害者タイプは私を「普通の人間」とみるようになりましたので、それを身につけられた時点で私はどんな悪質そうな人間からも、文句をつけられることがなくなりました。

また、周囲の人間を観察して気づいたのですが、大半の同世代は無意識のうちに「偽悪」を身に着けて、自分の身を守っていました。たとえば、本当は真面目なのに試験前に「俺全然勉強してないんだよなあ」と、真面目であることを隠していたり、本当は真面目なのに極端に女好きで不真面目なふりをして周囲を笑わせることで自分の身を守っていたりなど。ですが、私は常にありのままに真面目に生きていたため、些細な不真面目すらすべて許せなかった結果、そういった身を守る手段を何一つ身に着けずに生きてきてしまっていたのです。ですので、気づいた瞬間から、少しずつ少しずつ周囲にその変化をさとられないように少しずつ、そういった「普通レベル」の不真面目なふりを、コツコツ努力して身に着けていったのです。今日のちょっと悪そうなこの服装なども、今は自然に着こなしてますが、努力して見つけた服装です。ちなみに、この革ジャンは大学時代に気づいた当時に買ったものなので、こういった話をする時には必ず制服として着用しています。

【山本】しばしば、いじめに関するアドバイスとして、人に相談しろ、というのがあります。しかし相談してみたところで、状況が改善するかどうかはわかりません。事実、いじめ自殺の報道を見ていると、教師や友達や親に相談したあとも、むしろ相談したせいで、状況が悪くなっているケースが多々あるからです。それよりは、先ほどのスクールカーストでいえば、クラスの中でカーストが上の、いじめっ子集団に属していない実力者、強者に頼るほうが、得かもしれません。

星空マウスには、影の実力者I君が、以下のように話すシーンがあります。

「今度何かあったら俺に言え。勝手に一人で動くなよ、水臭い。友達だろ」すると、主人公が反論します。「でも、それじゃあ虎の威を借る狐になってしまうよ。」するとI君が再度反論します。「自分の身も自分で守れないくせに何言ってんの。そういうのは自分で自分の身を守れる人間の言うことだ。」

また、他のシーンで、I君はこう言います。

「お前は俺に、頼らなくちゃいけないんだ。自分で自分の身を守れないんだから。それは卑怯じゃない。生き延びるために必要なんだ。自分の身を自分で守れるようになるまで」

「同い年の強い人間に頼る」というのは、情けないものです。しかし、悔しいですが、弱い人間は、長い者に巻かれなければ生きていけいないことがしばしばあります。
この点について中園先生のお考えを教えていただけないでしょうか。

【中園】え〜っとですね『星空マウス』は小説ですので、いじめ被害者である主人公のそばに「I君」という登場人物を登場させられましたし、代表作の『オルゴール』も、あくまで小説なので被害者である「吉田君」のそばに、親友として「ぼく」という人物を登場させられました。しかし、現実的に考えて『星空マウス』の「I君」や『オルゴール』の「ぼく」のような人間は存在しません。なぜなら、『星空マウス』の「I君」や『オルゴール』の「ぼく」というのは、長年いじめられていた私がほしかった「いじめの解決方法をのすべてを知っている理想の友達」だからです。当然、現実にはそんな都合のいい友達はいません。

ですので、もし運よくそばに『星空マウス』の「I君」や『オルゴール』の「ぼく」のような友人がいた場合は頼ってください。自分の身を守れないくせに、他人のことを守ろうとしても、逆に自分がやられるだけです。それでは元も子もありません。

もし、友人を守りたいなら、まず「自分一人の身を守れる力」を身に着けてください。現在の私のように「絶対にいじめられない人間」になってからやってください。ここに関しては、これ以上話すことはありません。「I君」の言葉がそのまま現在の私からのアドバイスです。

【山本】今まで、孤立化しないためにはどうすればいいかというお話をしていただきました。しかし、あえて孤立を受け入れるという選択肢もあります。浅羽通明先生の講義では、今野敏さんの小説「慎治」が紹介されています。この小説の主人公慎治は、最終的に、「孤立化」を受け入れ、ガンダムオタク、ガンプラオタクとなることを選びます。ひとりぼっちの孤独に耐えていくという選択です。誰にも相手にされないよりは、たとえパシリであっても加害者が相手してくれるほうがましだと思ってしまって、いじめが深刻化するケースもあるからです。中園先生は孤独を受け入れるということについていかがお考えでしょうか。

【中園】私は元から「孤独が好き」な子でした。友達と遊ぶより、一人で本を読んだりプラモデルを作ったりして遊んでる方が好きでした。ですが、ありがた迷惑なことに一人にしてもらえないのです。必ず、いじめ加害者が私を遊びに連れ出していじめるわけです。孤立化を受け入れるも何も、私はずっと言葉通りに孤立化したかったのです。ですが、いじめ加害者が常に私を離してくれなかったため、孤立化したくともできませんでした。

一度シカトされた経験もありますが、その時は本当に幸せでした。ですが、私がまったく応えなかったためだと思うのですが、そんな幸せな状態は長くは続かず、すぐに元の私の周囲を取り囲んでのいじめに戻りました。なので、私には残念ながら「友達がほしい」という気持ちがあまりよくわかりません。今でも友達はそんなに多い方ではありませんし、向こうからの連絡がなくなったらそれで終わりということが多いです。元から孤独が好きなので、基本私の人間関係は「来るものは拒まず、去る者は追わず」の状態です。なので、この件についてはあまりよくわかりません。

【山本】わかりました。中園先生のように、ストーカー的ないじめの被害にあった場合には、あえて孤立化を選ぶという戦略も難しいのですね。

さて、いかに「孤立化」しないかということに的を絞って、講義を進めてきました。なぜなら、繰り返しになりますが、「孤立化」を防ぐ以外に、いじめの進行を食い止めるすべは現実的にはないからです。

では、不幸にも「孤立化」を経て「無力化」「透明化」してしまった場合についてどうすればよいかについて中園先生にお伺いしたいと思います。

その前に、中井久夫先生がいう「無力化」「透明化」について簡単にご説明させていただきます。

まず、「無力化」ですが、中井久夫先生は以下のように書いておられます。

●被害者に反撃や反抗は一切無効であることを教えます。そして被害者が抵抗を諦めるように仕向けます。

●反撃は必ず激しい暴力によって罰せられ、誰も味方にならないことを繰り返し味わわせます。

●さらには、大人に話したり誰かに相談することは卑怯である、醜いことであるという道徳教育をいじめられっこに与えます。

次は、「透明化」についてご説明します。無力化の結果が透明化です。この段階はいわば、いじめの完成段階です。最終的に自殺に至ってもおかしくない段階です。中井先生は以下のように「透明化」の特色を一つ一つ述べていきます。

●被害者は、自分の誇りを自分で掘り崩すようになります。

●加害者との対人関係だけが、内容のある唯一の人間関係になり、大人も級友たちも非常に遠い存在となります。どこにいても加害者の監視の目を感じるようになります。

●加害者との関係が永久に続くように思えます。

●被害者なのに加害者と仲間のふりをするようになり、外から見たらいじめられているかどうか分からなくなります。

●大人が「誰かにいじめられているのか」と聞くと激しく否定し、しばしば怒り出します。弱者なりの最後のプライドを懸けて、自分がみじめな被害者ではないと言い募ります。

これは、リストラされたサラリーマンが、そのことを家族や子供に言えない心理に通じるかもしれません。

☆ちなみに、これが、親や教師がいじめに気付けない最大の原因です。いじめの事実を隠ぺいする最大の犯人は、教師でも教育委員会でもなく加害者による被害者の洗脳です。

●大人には「ちくらない」というプライドを命を懸けて守ろうとします。

●言いなりになった被害者、いじめられっ子に加害者は、万引きなど無理難題を強制し、被害者は、家族と社会に対して重大な罪を犯し、かわいそうな被害者ですらなくなります。万引きの場合、加害者は被害者が盗んできた金を、浪費したり、場合によっては燃やしたりします。そのため、被害者は加害者がいかに巨大で、自分がいかにちっぽけでとるに足りない存在であるかを身に染みて理解し、ほとほと自分が嫌になります。

うんこを食べろとか、人の前でマスターベーションしろとか、電車やバスの中で花火をつけろとかもあるでしょう。おそらく口には出せないもっと屈辱的かつ反社会的な要求があるはずです。

●どうしても果たせない無理難題を課されたとき、自分がみじめな敗北者として悪事を働いていたことばバレそうなとき、家族の前で「いい子」であり続けることが不可能となったとき、自分の自尊心が決定的に奪われそうになったとき、いじめられっ子は自殺します。

以上、中井先生の「いじめの政治学」に書かれている「無力化」、「透明化」の流れを要約させていただきました。

【中園】一点補足させてください。自殺のきっかけは、これだけではありません。少なくとも私の場合、引き金はこの2つでした。

1つ目は、加害者の謝罪からすぐに再発した時でした。その時の私は「いじめは九割方再発する」ということを知りませんでしたので、加害者が大人も教師も見ていない所で、泣きながら「もう二度といじめない」と謝ってきた時点で、「これでやっといじめ地獄から解放された」と、気持ちが緩みましたので、一週間もたたない間に再発した時には、絶望の深さは恐らく同じ経験をした者にでないとわからないと思います。一度切れた緊張の糸を張り直すのは、そう簡単なことではないのです。

ですので、よくいじめ自殺のニュースで「やっといじめが解決されたと思ったのに、何で自殺したのかわからない」と、先生のインタビューが流れていたりします。そのたびに私は「アホウが! いじめがそう簡単に解決されるか! お前の目に見えないところで再発してんだよ! その絶望に耐えきれずに自殺したんだよ! 俺の本で何度も何度も何度も口が酸っぱくなるほど何度も『いじめは再発する』って書いてんだろうが!」と腹が立ちます。

2つめは「一生逃れられないのなら死んだ方がマシだ」でした。加害者はよく「お前は俺からは一生逃げられないんだ」と言いますが、この言葉が最も被害者を追い込みます。そしてさらに、高校時代にそう言っていた加害者にだけは連絡先を教えないように口止めして、東京の大学に進学したにもかかわらず、加害者が同じ高校から東京にきている人間に片端から電話して、私の連絡先を突き止めて私に電話してきた時の絶望感と言ったら、これも経験した人間でないとわからないと思います。ですが、酷いストーカー被害に遭っている方には、この気持ちも痛いほどわかっていただけると思います。

もちろん、ほかにもあると思います。ですが、私が最も自殺に近づいたのはこの2つですので、私には中井さんの理屈はあまりピンと来ません。ただ、可能性としてそれもあるだろうなと感じるぐらいです。また、この自殺のトリガーはいじめの数だけ存在するような気がします。

【山本】なるほど、非常によく分かりました。自殺の要因を簡単に一般化することは絶対に慎まなければならないですね。

さて、この段階まで来てしまった以上、まずやるべきことは自分が置かれている状況を正確に知ることかと思います。中園先生も、間違った現実認識から正しい解決方法は生まれてこないと、こちら「たった一人でがんばっている君へ」で書いておられます。

そこで、星空マウスの内容に触れながら、「透明化」されたいじめられっ子をとりまく状況や、心理、そして何よりも敵であるいじめっ子のことについて中園先生に解説していただきます。

星 空マウスには以下のような記述があります。

沼淵君は「ぼくという人間の存在価値を根底から崩壊させ、崩壊した所に自分の考えを刷り込もうとしていた。頭の回転が早い彼はすべてを計算して事を緻密に進めた。彼にとって精神虐待と暴力は、洗脳のための手術道具のようなものだった。ぼくの信念はゆらぎ、自分がいじめたい病の病原菌だと思い込まされそうになった。その上、沼淵君は、多くの大人、教育関係者や、いじめ、不登校の専門家の言葉を引用して「いじめられる側に原因がある。だからいじめられる側が悪いと思い込ませようとした。

上記のシーンを踏まえてここで二つお聞きしたいと思います。まず一つ目、この小説に出てくる沼淵君のように、いじめっ子は、いじめられっ子を洗脳して、自分の存在価値が信じられなくなるように間違った現実認識を刷り込みます。この洗脳によって自分の誇りを自分で掘り崩すようになるのですが、この洗脳に対してはいかに対処すべきでしょうか。

【中園】「いじめ」という関係性においては、どんなことが原因であれ「いじめを行っている」という一点において「100%加害者が悪い」という認識を持ち続けることだと思います。私はいじめ被害を受けながらも、他人に危害を加えたり犯罪行為だけは命がけで拒み続けていました。つまり、いじめ被害に遭いながらも「昔から信じられていた正しい教えを守って生きている自分の生き方が間違っているはずがない」との糸のように細い命綱だけは死守し続けていたため、ギリギリの所で完全に洗脳されてしまうということはありませんでした。ですが、これは私だからできたことという、レアケースの部類に入ると思いますので、一般の方に関していうと、やはり「いじめを行っている」という一点において「100%加害者が悪い」という点を認識し続けることだと思います。

また、私はいじめ被害に遭っている時には「いじめは被害者が悪い」と書いている本にしか出会えませんでしたが、この講義を聞いている皆さんはそれが間違いであることをしっかりと書いている文章の存在を知っています。それを是非活用してください。つまり「いじめの政治学」や私の著書を、洗脳されそうだと思うたびに読み返してください。そうすれば、洗脳されそうになるたびにそれと正反対の正しい情報が入ってきますので、完全に洗脳されてしまう危険性は減らせるでしょう。あるいは、この講義や浅羽先生の講義を何度も聞き直すという方法もあります。

【山本】次に二つ目の質問ですが、これだけ、いじめが問題になっても「いじめられている方が悪い」もしくは「いじめられている方も悪い」という認識がなかなかなくなりません。この点につき中園先生のお考えをお聞かせいただけないでしょうか。

【中園】この言葉は、被害者を最も苦しめる言葉と言っても過言ではありません。そして、これは日本でしか通用しない、日本という国家そのものを「いじめ地獄」にしている、最も性質の悪い「迷信」です。欧米では「いじめは問答無用で加害者が悪い」という正しい常識がしっかりと根付いており、各国でしっかりと国が動き法律も整備されています。子供のいじめに対しては大人が被害者を守り、加害者を罰します。特にアメリカでは2011年時点で45州で、2012時点では47州でいじめ防止法が制定されており、最も厳しい州では加害者を学校から矯正施設に隔離し、「二度といじめをしない」と矯正が終わるまで学校に戻しません。何も悪くないはずの被害者の方が泣き寝入りして不登校や転校に追いやられる日本とは天と地の差です。

この「いじめられている方が悪い」「いじめられている方も悪い」という言葉がいつ誰の口から発せられたものかは知りませんが、この言葉のために全員自殺に追い込まれたと言って過言ではありません。私の作品の読者の子の感想のうちでかなり多かったのが「『いじめられている方が悪い』『いじめられている方も悪い』と言われてるから、悪い奴を助ける必要はないだろうと思って友達を助けませんでした。中園さんの本を読んでそれが間違いだとわかりました」というものでした。

つまり、本来いじめから友達を助ける力のある子まで、この言葉を信じた結果傍観者になったり、加害者側に加担してしまうという現象が起き続けているということなのです。さらに、先ほど別の項目でも話した通り、この日本でしか通用しない迷信を信じている教師も親も多すぎる上、その迷信をまったく疑わずに書いているいじめ本も多数存在しているため、最もポピュラーで効果的な加害者側の言い訳として大活躍しているということです。

さらに、私をいじめていた加害者もこの言葉を信じていました。彼が最後にいじめをやめて私に謝罪して来たときなど、彼はこう言いました。

「いじめはいじめられている方が悪いと言わるから、お前をいじめてる限り俺の方が正しいはずだった。でも、どんなにいじめられても信念を曲げないお前を見てて、いじめてる自分の醜さに気づいて、その言葉の方が間違いだってようやく気づけた」つまり、私は「いじめられている方が悪い」という言葉のために、大学になってまでもいじめられていたのです。そして、自分でもその言葉をまったく疑いもせず信じてしまっていましたので、いじめられながらも常に自分に恥じない生き方を貫いているにもかかわらず、心の奥底で「いじめはいじめられてる方が悪いんだから、自分は悪い人間なんだ」と後ろめたさを感じ続けていました。その後ろめたさは当然洗脳を加速させます。

先ほど、私を最も苦しめたのは、「お前は一生俺からは逃れられないんだ」の言葉だと言いましたが、「いじめられている方が悪い」「いじめられている方も悪い」の言葉も、それ以上に私を苦しめ続けていました。そのため、私はいじめから抜け出してすぐに、自分の十年以上のいじめ被害体験から、この言葉を検証してみました。そこで、日本人の多くが言葉のマジックに引っかかっていたことに気づかされました。

いじめというものの現実を客観的に考えて一言で表すとこうなります。「いじめは加害者が悪い。けれど、被害者の方にも『原因』はあるはずだ」

ここで注意してもらいたいのは、「原因がある」=「悪い」ということではないということです。たとえば、「恐竜が絶滅した『原因』は、巨大隕石が地球に激突したことである」という言葉があります。さて、この場合「原因」とされる「巨大隕石」は、はたして「悪い」のでしょうか? もちろん悪くなどありません。次に、いじめられる被害者側にある「原因」を考えてみましょう。いじめられる「原因」とは「真面目」「大人しい」「優しい」「個性的」などです。つまり、大人から見た「理想的な良い子」であることです。さて、良い子であることが悪い事でしょうか? もちろんそんなことはありません。

このように客観的に事実を分析していくことから、この言葉を検証していくと「いじめられている方が悪い」「いじめられている方も悪い」という言葉が大間違いであることに気づかされます。

つまり、元々は「いじめは加害者が悪い。けれど、被害者の方にも『原因』はあるはずだ」という、ただの現状認識の言葉であったはずの言葉を、加害者側が自分が有利になるように「いじめは加害者が悪い」を省略した上で、「原因がある」を「悪い」に置き換えただけの、大間違いの言葉であることがわかるわけです。

ですので、この講義を聞いている方の中にこの2つを信じている方がいたと思います。ですが、この2つとも何の根拠もない加害者側が自分に有利になるように、本来の意味から巧妙に言葉をすり替えただけのデタラメです。安心してください。これは、確か『星空マウス』にも書いていますので、活字で必用な方は『星空マウス』をお使いください。

同じような言葉のマジックから始まった日本でしか通用しない迷信を挙げると「健全な精神は健全な肉体に宿る」です。この言葉も本来は「健全な精神は健全な肉体に宿れかし」という言葉でした。この最後の「かし」というのは、現代語に訳すと「ほしい」という意味です。つまり、「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉も、本来は「健全な精神は健全な肉体に宿ってほしいがなかなかそうはいかないな〜」という言葉だったのが、現代になって「かし」の意味がわからない人間が勝手に「かし」を抜かして広めてしまったがために、日本中がその間違った方を信じてしまった言葉の例です。

【山本】次に「加害者との対人関係だけが、内容のある唯一の人間関係になり、大人も級友たちも非常に遠い存在となる。どこにいても加害者の監視の目を感じるようになる」という点についてお聞きしたいと思います。こういう心理状態になった際はどのように考えれば良いでしょうか。

【中園】こうなってしまってはもう、被害者側からできることはほぼ皆無です。即刻大人がまずはその洗脳から抜け出させるために、学校を休ませて加害者からの連絡をすべてシャットアウト、その関係を断ち切ってあげたり、力のある友人が、問答無用でいじめから助け出してあげるぐらいしか方法はありません。わかりやすく言うと、カルト教団に洗脳された人間が、自力で洗脳から脱出することができないのとまったく同じ状態です。
ただ、この講義や浅羽先生の講義、中井先生の論文や私の著書などに出会えれば、その心理状態から抜け出せる可能性はあります。少なくとも、私の著書を読んだ深刻な状態にある中高生読者からの、自殺を踏みとどまったという感想は数えきれないほど届いてますので。

【山本】次に加害者との関係が永久に続くように思われるという心理についてお聞きします。星空マウスの最後には以下のような記載があります。

「私も絶望していた。一生続くと思っていた。でも、朝日は昇った。長くて凍てつく夜に凍りつき、粉々に砕け散った心が温かい日差しに生き返った。人生は何が起こるか分からない。いつか君にも。だから信じて。希望はある。ただ死なないで!」

加害者との関係が永久に続くというのは、誤った現実認識のさいたるものですが、このような状況について以下に対応すればいいか。中園先生の体験も交えながら教えていただけないでしょうか。

【中園】まず、「加害者との関係が永久に続くというのは、誤った現実認識のさいたるもの」という認識の甘さを捨ててください。いじめの現実はそんなに甘いものではありません。私の所に相談してきた最高齢が70代か80代の女性でした。その女性は家族からいじめられていました。当然、家族が亡くなるまで彼女はいじめから抜け出せません。私の場合も、先ほど話したようにインターネットも携帯電話も普及していないような時代に、加害者にだけは絶対連絡先を教えぬように家族に伝え、最低限の住人に満たない人間にしか私の連絡先を伝えず東京の大学に行ったにもかかわらず、加害者に連絡先がバレて、同じく東京の別の大学に進学していた加害者のアパートに連れ込まれていじめられ続けたという例もあります。陰湿ないじめ加害者は信じられないようなストーカー以上のことをやってのけます。実際にそれをやられた私は痛いほどそれを知っています。

たまたま私がいじめを克服できたからいいようなものの、もしできていなかったなら私は現在もストーカー加害者にいじめられていた危険性は非常に高いです。また、私が幸運な偶然に救われずに自殺していた場合、私の人生はそこで終わっていました。ですので、言葉通り「加害者との関係が永久に続く」が現実の物になってしまっていました。つまり、自殺した被害者側から見れば、「加害者との関係が永久に続く」は「現実」ですし、実際に先程話した高齢の女性読者のようなことも、「現実」として存在しているのです。

ですが、一方でそういった「厳しい現実」も存在していますが、私のように克服できている人間もいます。それもまた一つの「現実」だということなのです。そして、私のように克服できさえすれば「厳しい現実」は変わるということなのです。正直、私自身今でも自分の現状が信じられなくなることが時折あります。どういうことかというと、「本当の自分はいじめられすぎて頭がおかしくなりながらも、ストーカー加害者にいじめられ続けてるのではないだろか? あるいは精神病院の個室の白い壁に向かってブツブツつぶやきながら、作家になったと妄想しているだけなんじゃないだろうか?」と思ってしまうことがあるのです。その考えは、いじめを克服して以降常に私の頭の中に存在しています。もちろん、この話をしながらも頭の隅に存在しています。

また、39歳になった今でも、時折いじめの悪夢にうなされて飛び起きます。これまで「いじめ」「自殺」にかかわる著書以外を出版していない上に、こういった講義までやっている私が言うのもなんですが、今でも「いじめ」という単語は見るのも聞くのも書くのも苦痛です。ですが、苦痛ではあっても今私がやっていることは私以外の人間には決してできないことです。ですから私がやらねばならないと義務感でその苦痛を抑え込んで続けているだけのことなのです。

ですが、この講義を聞いている方は、私のように「役に立つ本がないなら自分で書かなきゃ」という経験をしている方ばかりではないと思います。なぜなら、この講義を聞いているかたは、既に浅羽先生の講義や中井先生の論文や私の著書などといった、既に現場の役に立った実績のあるいじめ対策を知っているからです。そのため、おそらく私のこの講義を聞いている方は、私のように「人生で最もつらい体験だった、いじめられていた学生時代を常に思い出しながら書かざるを得ない」という苦難の道のりに進む必要がないはずなので、あとは私と違って個人的な幸せを追及する人生を送れる方が多いと思うんですね。

ですから、皆さんには克服した後の幸せな人生の部分だけを味わってもらいたいと思っています。と言っても、そんな現在であっても「加害者の強制」による苦労ではありませんし、いじめられていた当時を思い出せば、この程度の苦痛大したことありませんので、今の私も十分幸せです。なので、そこは勘違いされないでください。ただ、私がこの講義をしている現在も、かつての私のようにいじめに苦しみ自殺しか考えられないでいる仲間が世界中に存在しているという現実を思うと、何でもいいから動かずにはいられないだけなんです。

【山本】最後に、「透明化」するところまで、被害者を追い込む加害者とはどういう人間であるかについてお聞きしたく存じます。

星空マウスで、I君はストーカー的ないじめっ子の沼淵君を以下のように分析しています。

「沼淵君は一種の依存症で、いじめるという形で人に頼ることでしか自分を保てない、心の弱い人間ということだった。言い換えれば、現在の自分が不安で不安で仕方ないために、確実に自分より下の人間を作ることで、必死に自分を保とうとしているかわいそうな人間ということだった。」

浅羽先生は、いじめ問題の定番コメントで最もくだらないのが「いじめられる者の痛みや辛さを教えよう」とか「いのちの尊さを教えよう」というものだと言います。なぜなら、加害者はいじめられるものの苦痛を知り尽くしているからこそ、それだけの苦痛を自由に与えられる強者となる快楽にのめりこむ、また、いのちの大切さを知っているからこそ、彼らはその最も大事な命を自ら捨てるように命令し被害者をそれに従わせる快楽に浸れるから、ということです。

また、内藤朝雄さんの著書「いじめの構造」には、以下のような記載があります。

「いじめの加害者は、いじめの対象にも、喜びや悲しみがあり、彼(彼女)自身の世界を生きているのだ、ということを承知しているからこそ、その他者の存在をまるごと踏みにじり抹殺しようとする。いじめ加害者は、自己の手によって思いのままに壊されていく被害者の悲痛の中から、(思いどおりにならないはずの)他者を思いどおりにする全能の自己を生きようとする。

いじめ自殺があるたびに「なんでそこまで」と不思議がられる悪質な「いじめっ子」の心理について改めて教えていただけないでしょうか。

【中園】それは、先ほど山本さんが読んだ部分にすべて集約されています。浅羽先生の言葉もありましたので、それも交えてもう少しわかりやすく言うなら、加害者は「いじめの苦しみ」をだれよりもよく知っているがゆえに「いじめから身を守る方法」として、「自分が加害者になること」を選んでいる場合が往々にしてあるということです。そして、その場合は「恐怖」に追い立てられている行動のため、どうしてもやめることができなくなります。正直、その心理は私には頭で分析して理解するところまではできるのですが、その感情まではわかりませんし、わかりたくもありません。私はどうしても、「他人がやられているのを見るぐらいだったら自分がやられた方がマシ」と感じてしまいますので。自分の身を守るためで私が必要性を感じているのは「見て見ぬふり」で自分の身を守りながら、被害を受けている友人を支えたり助けたりする所までです。自分の身を守るために他人をいじめるなど絶対に許せません。そもそも、「同じ痛みを知る仲間をさらに苦しめてどうする」としか思えないんですね。

とは言え『星空マウス』の読者からの感想で「いじめられている時を思いだしました。この夏休みが終わったら謝って、二度といじめません」という決意の感想も届きましたので、やめてくれさえすれば心から感謝しますが。きっと、その決意の感想をくれた彼は、今後いじめから被害者を守る動きをしてくれるということもわかります。その彼が、私に対してそういった感想を送るのは非常に大きな勇気がいったはずです。きっと彼は感想を送るか送るまいかでかなり長期間悩んだはずです。そして、強い覚悟の元に送ってくれたはずです。「覚悟」のある人間は強いです。ですから、その感想を送ってくれた彼はいじめをやめてくれたに違いないとわかるのです。

そして、そんないじめ加害者というものは、中井さんの言葉を借りるなら子供社会の中で最も力を持つ権力者である場合がほとんどです。その権力者が「いじめを許さない」ということを決めた瞬間、「犯罪者天国」の「いじめ地獄」でしかなかった環境が、正しい「友情の場としての学校」「学びの場としての学校」という正常な姿に戻ってくれます。ですので、私としてはそういった加害者の反省と決意の感想は、何よりも大切なものに感じるわけです。

この講義を聞いた方の中からも、いじめをやめましたという感想が届いたとしたら私としてはとても嬉しいですね。その瞬間に、被害者の命の危険性は消え去りますので。

【山本】以上をもちまして、中園直樹先生の「いじめ克服講座」を終了したいと思います。中園先生、ご講義いただきありがとうございます。

最後に中園先生が取り組んでおられる「ピンクシャツデー」という、いじめ反対キャンペーンについてお話いただきます。

【中園】これはですね、2007年にカナダの高校生2人から始まって、2010年時点で欧米を中心に75カ国に広まっている、世界的ないじめ反対運動です。この前年の2006年の日本では、昨年2012年と同じように、いじめ自殺報道と自殺の連鎖が続いていました。その翌年である2007年にカナダでこんな良い運動がスタートしていたのですが、残念なことに日本には講義中に話した「いじめは被害者の方が悪い」という日本でしか通用しない迷信のほかに、もう一つ根強く信じられている迷信があります。それは「いじめは日本にしか存在しない」という迷信です。そのため、日本にはなかなか海外のいじめ対策が入ってきません。そのため、日本ではほとんど知られていませんでした。で、私は元々自分の著書の力でこの2つの迷信のうちの1つ「いじめは被害者の方が悪い」を無力化する作品は2002年の処女作『オルゴール』の出版時点での多くの中高生読者からの感想で、ある程度できたという実感は得られていたのですが、やはり日本国民の多くが信じている迷信だけあってどうしても根強く、現在でも残っています。

そんな2011年の2月に、カナダ留学経験のある読者さんにこの運動の存在を読者に教えてもらったのです。さらに都合の良いことに、欧米では元々「いじめは問答無用で加害者が悪い」という常識も根付いていました。そこで、「黒船の方が早いんじゃね? 日本人海外で流行ってるに弱いし」と感じます。

また、この運動は私の著書でほとんど抜け落ちているといっていい部分をフォローしている内容でした。というのも、私は直接長年いじめ被害を受けてやや人間不信のところがある上に、元々孤独が好きな人間でした。結果、私の著書は常に「個人の力」でいじめを克服する方法に特化されています。つまり、「数の力」という発想がまったくなかったわけです。ところが、このピンクシャツデーは逆に「数の力のみ」に特化しており、「個人の力」でのいじめの克服については、完全に抜け落ちている運動だったんですね。

運動のきっかけとなった高校生、と言っても向こうは、日本のように小中高と別れていないので、正確に言うと12年生になるのですが、運動のきっかけとなったこの2人のエピソードが感動的なので、まずざっとそれを紹介します。

2007年のカナダの新学期に、ある9年生、日本で言うと中学3年生の男子がピンクのシャツで登校します。欧米ではピンクのシャツを着る男性、イコールホモセクシャルという常識がありますので、その男子はホモセクシャルと言っていじめられてしまうわけです。で、それを知っていじめを何とかしたいと思った12年生の男子2人が、あることを思いつきます。そして2人はディスカウントショップで、ピンクのTシャツやタンクトップを50着も買い込んで、メールや掲示板で9年生がいじめられたことを伝えて「明日校門の前で配るからみんなで着ていこう」と呼びかけます。すると、翌朝呼びかけ以上の物凄い数の生徒がピンクの服や小物を身に着けて登校、学校がピンクに染まりいじめが消えます。

つまり、彼らは誰もが陥るジレンマ「直接止めたら自分がいじめられる」もクリアして、「直接は何もせず、多数での意思表明」だけで、すべてを解決したのです。このエピソードを知った地元メディアが報道したところ、瞬く間にカナダ全土に広まり毎年2月最終水曜が学校や職場にピンクを身につけて行くピンクシャツデーとして定着、政府も積極的にこの運動を推進します。さらに、英語版フェイスブックで賛同者続出、2010年には75ヵ国が参加と、高校生たった2人から始まった運動が、瞬く間に英語圏の世界へ広まったという流れなのです。日本が取り残された理由はやはり英語が苦手な人間が多いということもありますが、やはり何度もお伝えしている迷信の結果も大きいと思います。

また、私がこの運動を知って広め始めたのが2011年の2月末と、広め始めてすぐに東日本大震災が起きて、日本中が東日本大震災一色になってしまったのも大きいでしょう。3月11日までの間は、話す人話す人みんな賛同するという勢いだったのですが、3月11日を境に、「今は東日本大震災でそれどころじゃない」となってしまうことが増えましたので。ですが、昨年の大津事件以降は徐々に私と同じように感じてくださる方々も増えてきましたので、2012年には東京一カ所でしか開けなかったピンクシャツデーイベントが、今年2013年には北海道は十勝、本州は埼玉と東京、四国は愛媛、九州は福岡と、何とか「日本列島北から南まで」で開催できるところまでこぎつけました。

日本で知られていない現在、この運動は非常に高い「自殺防止効果」を持っています。さきほど話した日本でしか通用しない2つの迷信を信じ込まされて、たった一人孤独の中で自殺を考えるしかなかった被害者が、突然「世界中に仲間がいる! 世界中が立ちあがっている!」という、衝撃的な希望ある事実を知らされるのです。その大きな希望は十分に被害者に「生きること」を選択させてくれます。しかも、ただ命を支えるだけならこの日本語ビラや紹介詩など、A4用紙たった一枚で可能なのです。とは言え、これも日本に知られれば知られるほど命を支える力は減っていきます。なぜなら、人は既知のものからは衝撃を受けないからです。

ですが、逆に知られば知られるだけ社会全体に「いじめ反対」という空気が広まっていきます。そして、日本人は世界で最も空気に弱い国民です。その効果は日本では限りなく大きいはずです。ただ、この運動も個別のいじめに対してはほとんど無力ですし、分析や理論や実践的克服方法に関しては何一つ示せていませんので、そういった点においては浅羽先生の講義、中井先生の論文や私の著書を参考にしていただければと思います。というようなことを言うことで、スクールマーケットさんをしっかりと宣伝……になってますかね?

この運動は、カナダ本国でも日本でも、まだ始まったばかりです。日本の動きについては、私のHPに2011年2月からの毎週の普及活動記録や、日本語活字、動画情報などもほとんど記載してありますので、興味がある方は私のHPを見ていただければと思います。

また、私のHPでは処女作の『オルゴール』は全文無料公開していますし、この講義で取り上げた『星空マウス』の原版となった、「克服マニュアル小説風」の原稿用紙50枚バージョンも無料公開中ですので、書籍購入を検討される方はまず私のHPで読んでからでも構いませんし、緊急で必用な場合はご遠慮なくHPの無料版をご利用ください。書店や図書館に本がないために、読めば助かったはずの子が、本が手に入らなかったために自殺などという悔やんでも悔やみきれないことが起きないよう、緊急事態に備えて無料公開はデビュー前から継続していますし、元々がこの無料版を読んでもらうために作ったHPですので。

【山本】スクールマーケットでは、本講義で紹介した、中園直樹先生のサインいりいじめ克服マニュアル小説「星空マウス」を販売しています。

本講義がいじめに苦しんでいる中高生のお役に少しでも役立つことを願ってやみません。

また、いじめ問題に必死に取り組んでおられるにも拘わらず、マスコミなどから日夜非難されている現場の先生方の参考になれば幸いです。スクールカーストに便乗する教師について解説しましたが、現状を知っていただくことが目的であり、安易に批判したかったわけではありません。クラス全体の空気を読まず、いじめられている少数者ばかり見ていたら学級崩壊しかねない事情もよく理解できます。

中園さんも、子供さんがいじめ被害に遭っていた親御さんから「教育委員会が、クラス崩壊を防ぐために、教師が生徒の中から犠牲者を決めていじめるように指導していた」と相談を受けたことがあるようです。星空マウスでもその件について記載があります。こういったことからも、当時から、現場の先生方が、クラス崩壊に、いかに悩まされ続けているかがわかると思います。さすがにここまで問題が深刻化している現在、教師に対してそんな指導をする教育委員会はなくなっているとは思いますが。

ですが、どちらも、いじめというものが、人間に与えるダメージの深刻さを軽視した結果と考えられます。そのため現実を認識してもらい、少しでもいじめを減らす参考にしていただきたかったいという考えから触れさせていただきました。ご参考にしていただけますと幸いです。

ご意見、ご感想などございましたら、ユーチューブのコメント欄にお書きください。それでは、中園先生、本日はありがとうございました。

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講師紹介

中園直樹
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講師プロフィール

中園直樹(なかぞの・なおき)
1974年(昭和49年)2月、大阪府に生まれ、宮崎県で育つ。「詩人会議」常任運営委員。2002年、『オルゴール』(文芸社)でデビュー。若い世代からの圧倒的な支持を得る。著書に『星空マウス』『ピエロで行こう』『チョコレイトの夜』(すべて文芸社)、メッセージ本『たった一人でがんばっている君へ』(大和出版)、詩集『しんかい動物園』(視点社)がある。2011年より、日本では知られていないカナダの学生2人発世界的いじめ反対運動「ピンクシャツデー」を日本に広め始める。

HPアドレス:http://nakazono.nanzo.net/